少し前のことだが、同好の士と模型を作るときに音楽は何をかけるかという話になり、つい膝を乗り出した。こういう話題は罪がなくていい。
そもそも模型製作は根気のいる作業だ。リラックスできて集中度がアップするBGMが欲しい。
「そこでやはりバッハですよ」と意見が出た。
なるほどそれは精神安定に効果がありそうだ。土星の衛星軌道をまわるボーマン船長も同意するだろう。しかしバッハと言ってもいろいろある。
バッハ:ゴールドベルク変奏曲~アニヴァーサリー・エディション(DVD付)
ゴールトベルク変奏曲は落ち着きそうだ。しかし逸話通り眠くなるかもしれない。マタイ受難曲だとピンセットのパーツを飛ばしただけでおお神よ!と泣き崩れてしまう。平均律クラビーアあたりが良さそうだ。ニットのセーターを着てコーヒーの香りを楽しみながら書斎のマホガニーの机で優雅に帆船模型などを眺める知的で上品なオジサマ像が浮かんでくる?
それはしかし、工房主の実態からはほど遠いのだよ。寝癖頭に首元の伸びたTシャツでチーズカマボコかなんかカジりながらモグラみたいに背中を丸めて小汚い72の大戦機をセコセコ作ってるのだ。
さらにそもそもの人間が品性お下劣にして乱雑低俗、そのうえ助平ときている。高尚かつ精巧怜悧なクラシック音楽との相性はあまりよろしいとは言えない。
さらにさらに、模型製作場所及び立地条件の問題が発生する。
我がsig工房は築数十年の間口の狭い木造家屋の最下層の陽の当らぬ穴蔵同然の一角だ。前述の様に上品ならざる工房主の生育した土地柄であるからして、当然猥雑フンプンたる界隈に位置する。猫しか通れぬ狭い隙間を隔てて建つ隣家は何とカラオケスナック「かずちゃん」だ。その喧騒は推して知るべしだろう。
いやしくもこの場所に工房を構えて創作活動にふけらんとするモデラーは、夜ごと背後から聞こえてくる酔漢の唄声に耐えねばならぬ。いくら上質なバロック音楽をかけたところで「大阪デぇ〜生まれたぁ〜女が〜きょォオ〜」などと調子っ外れにガナられてはどうしようもない。チェンバロの繊細な音など地下鉄のホームの子ネズミの鳴き声のごとくかき消されてしまう。
ようし、それなら大音量のシンフォニーで対抗しよう。
モーツァルトの”ジュピター”。いかなワルターでも静かな第二楽章では"大阪の女"に敗退するのでいきなり第四楽章"モルト・アレグロ"からいく。(門外漢の自分は威勢のいいシンフォニーはこれと"運命"くらいしか知らない)チャッチャチャー・チャラチャラチャラチャー、調子乗りの工房主だからつい指揮者になりきってタクト(タミヤ平筆)を一心不乱に振り回してしまうのは抑えられない。もはや模型どころではない騒ぎとなる。
音がデカいといえばロックだ。70年代80年代に青春を過ごした者なら誰だってロックのCDの一枚や二枚はタシナミとして持っていよう。それストーンズだKISSだブルーオイスターカルトだ。ヘッドバンキングし過ぎて老眼鏡が鼻からずり落ちた。これじゃリベットも打てないぜベイビー。
ジャズなら落ち着くだろうジャズだジャズジャズ。今時はラーメン屋から歯医者から按摩屋に至るまでBGMはジャズである。しかしジャズならなんでもいいというわけではもちろんない。
例えばサラ・ボーンの激しいスキャット では髪の毛をかきむしりたくなる。セロニアス・モンクじゃあ調子が狂って「俺がプラモ作ってる時はピアノを弾くな!」と口を尖らすだろう。コルトレーンはモノによっては模型部屋が"野犬の群れに襲われた養豚場"と化す。
総じてジャズ・ジャイアンツ(大御所)は個性と自己主張が強い。気弱なメガネオタク風情が模型に没入する事など許してくれるはずがない。
ラップ系は論外だ、リズムも音程も全くない、どっかの成金趣味のチーマーが、のべつ幕なしに喋りたおす、それを聴きながらアンテナ線張る、メンタリティは自分にゃない…あ〜イラつく。ラップ要素を忌避するとなると今時の音楽はだいたいダメということになる。
そこで往年の70年代POPSにさかのぼる。カーペンターズやABBAやフォーク、歌謡曲など耳慣れた音楽に走ることになる。こんな時にサブスク音楽サービスは話が早い。「甘損、モモエちゃんの唄をかけて」と言っただけで「山口百恵をシャッフル再生します」と直ちに応えてくれて"ひと夏の経験”を聞くことができるのだ。
しかし最初は懐かしいもののすぐに飽きがくる。"ひと夏の経験”でもひと夏に三度も聴いたらなんぼ甘い罠でもこの先20年位なくてもいいような気分になる。
サブスクのプレイリストにはシーン別のものもある「雨の日に聞きたいジャズボーカル」「恋がしたくなるJ-POP」などなど。中には「激おこガールズロック」とか「元気が出るED」などという意味不明なものもある。しかし残念ながら「タイガー戦車を作る時に聞く口笛ワーグナー集」というプレイリストは見当たらない。
こうなりゃ自分で作るしかない、というわけで、次回は「発表!模型BGM ベスト10!」