sig de sig

万年青二才の趣味三昧、走る、作る、観る、聴く、憩う。

CarplayでGo!_2「動作確認編」

さて腰をさすりつつもとりあえず起動してみる。日付の月表示が漢数字になっているところがちょっと妙だが、、、

本体動作に問題は無い。

電話もBluetoothで掛けられる。音楽はFMラジオ、SDカード、スマホとのBluetooth接続が可能だ。音質は酷くはないが特段良くもない。この点ではクラリオンちゃんはさすがだった、と褒めてあげたい。しかしまあ、言ってしまえば値段相応なのかもしれぬ。空いているディスプレイ裏のスペースに中華デジタルパワーアンプでも仕込んだろか、という野望が一瞬頭をよぎる。

ディスプレイが光沢タイプなので反射光が入って見にくい。さらにすぐに指紋だらけになってしまう。iPad用のノングレアの保護フィルムを100均で買ってきて切り貼りしてやる。

さてウリのCarPlayだ。ちゃんとiPhoneと繋がった。当たり前のことだが、ちょっと感激する。ただしこの機種は有線接続となる。つまり車に乗り込むたびにスマホをごそごそと取り出してお尻に例のライトニングケーブルをブッ刺さしてやらないといけない。

仕事上、市内チョロチョロ乗ったり降りたりが多い自分はそんな面倒なことは多分やらない。

前述の通り音楽と電話はCarplayを介さずともBluetooth接続可能であるから、ナビを使用する頻度を考えれば当面はこれでよかろう、と判断したのである。

無線接続は別売りで後付けのユニットがあるが、それには諭吉一人を召喚せねばならない。そこまでする価値があるかどうか、そもそもCarPlay自体初めてなので今後運用しながら見極めていきたい。

 

CarplayでGo!_1「取付加工編」

選択したチューカ製ディスプレイオーディオはATOTOという妙な名前である。まあ考えてみればToyotaだってKawasakiだって日本人以外から見れば妙なはずだ。英語圏だって坊主だの尻だのおかしなのもある。

とりあえず取付け接続コードを手配、、、しようとしたら案の定スバルがラインナップにない。マイナーメーカーの悲哀である。

仕方ないので一旦現行のカーナビを外して接続コードを取り出しておく。本体側のコードを車側配線のオスメスに合わせて電工ペンチでギボシ加工をした。

フランス車を3台も乗り継いで古いイタリアンバイクをガレージに隠し持つ様な人生だと、こういうことは屁とも感じなくなる。まあ一般的にはハードルは高いのだろう。電工ペンチって何?ギボシって何?という向きにはお勧めしない。

さて車体への取り付けである。

取扱説明書には日本語表記もある。

日本語はいささか変だが、ブログ主の怪しげな英語理解力よりはよほどアテになる。だいたい英語があまり理解できない日本人の方が珍しいのである。ただし、いろんな機種の説明書が全部まとめて載ってるのがややこしい。自分がどれを買ったかをしっかり把握しておく必要がある。

さて内装を剥がす。念のためマスキングテープを貼り回してはいるが、最初の一発目さえなんとかネジ込んでしまえば、後は難なく開いていく。そこはそのナニ、アレと一緒で社会とか人生とかはみなそんなものである。

音無し地図なし状態のクラリオンちゃんを取り出す。

長い間お疲れ様、、、REST IN PEACE,,,

 

  ATOTO本体はまさにほぼディスプレイのみである。

裏側がスカスカでなんだか芝居小屋の書き割りみたいだ。おう、接続コードの束を押し込むのが容易で結構ではないか。と言ってはみたものの、昭和のオーディオ小僧だったブログ主などはいささか不安を感じざるを得ない。

質量こそが高音質を産むのだ、と巨大なアンプやスピーカーなぞを崇拝してきたのだ。まあそのマッチョイズム的な既成概念も手の平大の中華デジタルアンプが打ち破ってくれたのだが。

本体側面に付属の金属板を取り付けて車側のステーとネジ止めする。寸法的にピッタリのネジ穴があった。どんな車種でも概ねきちんと収まるのか、それとも偶然たまたま超ラッキーなのかはよくわからない。

接続も難なく繋がる。説明書も細かいし、コードには名前のタグが付いている。ここまではチューカといえども国内メーカー品、例えばクラリオンちゃんなどと大した差はない(ギボシ加工は除く)

唯一の問題はステアリング・リモコン。車側からは2本+アース1本、対して本体からは2本しか来ていない。順列組合せでトライしたが結局認識してくれなかった・・・これはまあ当初から想定内、次善策として別売りの後付けリモコンがある。

作業はここまで。

やってみれば騒ぐほどのことではない(ギボシとリモコンは除く)問題は狭い車内で無理な姿勢を長時間強いられるところだ。途中で腰がイテテテテとなる。今までカーナビの問題を先延ばしにしてきたのは実はこれが要因である。ここ1~2年コロナで仕事が暇だからか、自分の腰痛が良くなってきたのでトライしてみようという気になったのだ。

ともかくこれで機器取付は完了だ。問題はちゃんと作動するかどうか、である。

後日、オプションのステアリングコントローラーを導入した。夜光のボタンがちょいと安手であるがボリューム上げ下げが円周ホイールなので連打しなくていいから便利だ。ハンドルにゴムバンド固定がちょっと嫌だったのでマグネットステーを自作してやった。

 

 

島国根性と大陸能天気

ディスプレイオーディオを買うとしたら島国製か大陸製か。

どちらも価格は思ったほど高くはない。コストが掛かって開発が難しい部分をスマホやアプリに丸投げできるからだろう。

島国産の半額の大陸製は価格訴求力が強い。諭吉と一葉と英世が二人いればホイホイやって来る軽さである。 3、4年でバージョンアップされなくなってもマア納得出来そうな勢いだ。ともかくもディスプレイオーディオでスマホ連携を試してみたい、というノーミソも財布も軽くて薄いブログ主のような人間には実にお誂え向きな"とりあえず感"と"ダメ元感"を併せ持っている。

コレでも大陸製品の中では高い方なのだからオソロシイ。ま、あーンまり安すぎても不安になるしな、そろそろ初期不良やバージョンアップもこなれてきた頃あいやろかいや。

ATOTO F7 標準7in / D-Din F7G2A7SE IPS カーステレオレシーバー、Android Auto&CarPlay接続、Mirrorlink / AutoLink、高速電話充電、Bluetooth、LRV付きHDリアビュー、最大2TB SSDおよび512GSD

"チューカ製品なんぞは安物の粗悪品ばかりである"とハナから決めつけて眉をしかめる人もいる。それはまあ自分もそう思わないでもない。いろいろ痛い目にあってきた。一時期などは"電化チューカ"は忌避ワードにして買わないことにしていたほどだ。しかしそれを押し通すのはまずもって至難となってきた。島国製といっても製造はチューカ、なんてことがほとんどだ。

せめて設計と販売は信頼のおける大手国内メーカーで、価格差は安心料である。

・・・というのももはや幻想になりつつあると、他ならぬクラリオン ちゃんが教えてくれた。チューカはあかんで、と高いトーシバの扇風機を買ったら最初から首振りでキィキィ音がして家庭内での電化製品通としての面目が丸つぶれである。

そういやあ近年まれに見るほど酷い全自動コーヒーメーカー。あれも国内メーカー&国内生活雑貨店のコラボだったが・・・

一方、自宅のチューカデジタルアンプはそのうち火を吹くとか七色の蛇に変幻するとか色々言われながらも何事もない。5年たった今でも美麗な音を奏でている。

要はその製品の設計、生産管理、販売&アフターサービスを仕切る人間の程度によりけり、という話だ。島国人だろうが大陸人だろうがマンカインドには変わりはない。我々にだけ出来て彼らだけに出来ないことがあると言うのは、いささかトンネルビジョンであって、奴らの中にもカシコとアホウがおり、同様に我々の中にもカシコとアホウがおる、というまさにその証左に他なるまい。

ただし、社会体制が大きく違うから過信は禁物だ。国家レベルでこちらの慣習上の常識が全く通用しないというのは怖い。此度の疫病禍や黒海周辺の戦争でそれがよぉ〜くわかった。

とはいえ企業として何億何千万もの取引をするわけでもなし、これが数百万の太陽光発電あたりだとそこそこ逡巡しただろうが、たかだか電化製品一つ買うくらいだから、と右往左往しつつもポチっ。(これが数百万の太陽光発電あたりだと逡巡しただろう)

 

カーナビ&オーディオの落日

カーオーディオを探し始めて気づいた。どうもメーカー側にまるで力が入っていない。業界的には縮小傾向で流れはスマホに隷属化したディスプレイオーディオとなっていくのだろう。

自分が車内で求めることは、好きな音楽がそこそこいい音で聴けて、電話ができて、時々地図が見たい、程度である。ひと月に一回ほどはまあ経路案内を使うかな、と言った所だ。但し、それについてなんだかんだの煩わしいことは出来るだけ避けたい。"運転中はストレスフリーでありたい"それに尽きる。

iPhoneにはCarPlayという機能がある。現時点ではこれを接続できるディスプレイオーディオの導入がもっとも安楽な回答だろう。

今までスマホとカーナビの連携機種を幾つか試したが、どれも最初はいいが矢継ぎ早のスマホ側のバージョンアップに付いていけなくなるのがネックだった。クラリオンちゃんだって最初は連携できていたのだ。

そのクラリオン ちゃんがどうもご乱心し始めたらしいと気づいた1年くらい前から、とあるCarPlay対応製品を検討していた。自分だって世間の流れから取り残されてただボーッと生きてんじゃねーんだよ、という話である。

Amazonだけでなくその他いろんな所の評価やレヴューをチラチラと見てきた。検討していたのは島国産某と大陸製某の二つ。島国産はどうもイマイチ評判が良くない。大陸製某は意外とアフターケアが充実しているという評価だが・・・

(アルパイン) Alpine iLX-W650 7インチ メカニカルレスレシーバー Apple CarPlay Android Auto対応

 

 

カーオーディオの憂鬱

世界平和もコロナ禍も災害も気にはなるが、まずは自らの生活に集中しよう。

車につけていたカーナビ兼カーオーディオの具合がいよいよ怪しくなってきた。

 

f:id:sigdesig:20220326104245p:plain

まずカーナビ。

なぜかいつも最初は東京駅あたりを表示する。ちなみに我が家は東京からは500kmくらい離れているからズレにしても甚だしい。10分くらい走っていると「ハッ!いけない私ったら」と我に返って現在地を表示するのだが、そのうちまた意識が遠のいた様に現在地から外れて山中をさまよい始める。

経路案内が必要な時には随分前から検索が便利なスマホに頼るようになっていたから、まあ、さほど大きな痛手ではないと思っていた。

どうも本体の電源関係に不具合がある様で数日乗らないとそれまでの設定が飛んでいる。

「デバイスが確認できません」とか「接続されてません」と表示される。

そのたびに設定をやり直していた。

実はこれ、2~3年前から悩まされてきたが、昨年くらいからエンジン始動の毎に発生する。

「ん?ここはどこ?あなただあれ?」

クラリオンちゃんこんにちは、じゃあ今日も日付設定から始めようね」

クルマ移動はちょっとそこまで、の用向きが多い自分である。

毎回これではやってられない。

SDカードは遠の昔に固着してしまって動作しない。CDなんざ押入れの奥深くだ。仕方なく普段聞かないラジオに固定した。DJの大げさな抑揚をつけた喋り方がカンに障る。脅迫めいた過払い請求や車買取屋のCMなんて聞きたくない。その手のウサンクサイのが鳴り始めるたびに選局し直す。ああイラつく。それを嫌ってNHKにしておくと「今日の邦楽」などがかかってズッコケそうになる。

クラリオンちゃんはそのFM局の設定も忘れるようになった。

「あら、ここは東京かしら?それとも甲信越?え、まさか中部?」

地域設定から初めて放送局を全てプリセットしていかなければならない。

毎回これではやってられない。

仕方なく「ザー」という雑音を聞きながら走るのが常態と化した。ナビ画面はあらぬところを表示している。ナンボなんでもこれでは情けない。さらにスイッチ類のイルミネーションがクリスマスツリーみたいに赤だの緑だのの七色に変化しだした。映画に出てくるクルったロボットそのものである。「オロカナ ジンルイヨ  ワレワレハ 」なんて喋り始めたら大変だ。

ここにいたって使用停止を決めた。

買って6,7年ほどだが不具合は3年ほどで出ている。寄る年波にしてはチト早すぎる気がする。ネットで検索すればこのシリーズのご乱心は”あるある”だそうだ。おそらくは電源部分の設計に弱点がある。自分はこの老舗のメーカーが好きだったのだが、実に残念だ。

もうカーナビはスマホでいい。オーディオだけのものに替えよう。仕事柄ハンズフリー電話は欲しいからブルートゥース接続が最低の希望だ。インパネや内張を外して配線引回すのが面倒臭いからできるだけ接続が簡単な様に同じメーカーの後継機種で、と思ったらクラリオンはすでにカーナビから撤退している(というか既に会社自体がフランス企業に買収されたようだ、嗚呼) 

ううぬ、いかにせん・・・

この項、続く。

 

あなたへのおすすめタイトル

自分のAmazonのページに表示されていた、書籍のおすすめタイトルTOP5

 

「老いの福袋」 樋口恵子

堕落論」 坂口安吾

バカの壁」 養老孟司

「イワンの馬鹿」 トルストイ

「変身」 フランツカフカ

 

なにかこう、自分という人間の何かを言い当てられているような気がするが・・

その後はタイムリーなものやベストセラー1位などの中に「明治大衆史」だの「チベット旅行記」だのが挟まれる。「ひとめでわかるツボ」や「四国お遍路地図」があったかと思うとショーペン・ハウエルやマルクス・アウレリアスなども混じっている。検索履歴だけではないようだが、よくわからない。

最初の「老いの〜」を除いて読んだことはある。

おすすめするとすれば「堕落論

短編なのですぐ読めます。とはいえ内容は骨太なので題名から耽美的なものを期待していると右ストレート喰らって1ラウンドKO負けするかも。

逆にベストセラーの「バカの壁」はやや題名オチと感じた・・・自分は。

 

 

 

 

というわけで、残念ながらAmazonさん、ほとんど読んだほんばかりでした。少なくとも自分は「老いのナントカ」は読まない。

 

まあ、そんなこんなで今の趣味はカラオケアプリである。

おっさんくさい、暗い、ひきこもり、なんと言われても本人いたってご満悦だ。

第一に、大きな声を出して唄うと気持ちいい。ストレス解消になる。

ブログ主の住処はやや猥雑な地域に位置する。繁華街とまでいかないが、前の道には店舗が軒を連ねていて隣がカラオケスナックだ。住環境としては理想的とはいえないかもしれない。ただし自分が部屋で大声出すとなれば好都合である。閑静な住宅街やマンションではそうはいかないから、むしろ恵まれているとさえ思い始めている。家人の手前、和室の引き戸に遮音シートと吸音パネルを貼って簡易防音を施し、思う存分歌っている。

第二に、

背景画像を選べる機能が実に楽しい。唄ってからその曲に合う画像を自分で撮った写真ストックの中から探してスライドショーを楽しむ。

ほとんどの人はネットで画像を入手しているようだが、プロの画像は綺麗に整いすぎていてピンとこない。さして上手くもない写真だが拙い自分の唄にはお似合いだ。わざと自分のバイクが映ったものを入れておくのも「自分」にこだわっているからだ。

もともとツーリング中には頭に音楽が流れてたりするタイプである。

f:id:sigdesig:20220331160601j:plain

撮った写真はみなそれなりに旅情と言うのかどこかPoeticな要素を備えていると文字通り自画自賛しているのだが、いかがだろうか。

f:id:sigdesig:20220331160659j:plain

f:id:sigdesig:20220416112730j:plain

これらを見て、「ヤラセ」だの「撮ってるの想像すると笑える」だのと嘲笑する輩もいた。
「詩心」というものを持ち合わせていないとみえる。全員チョキを出した記念写真以外は理解できないのだろう。やれやれだ。まあそういう連中は自分の写真を見なくても別に何も困らず生きていけるだろう。自分もまた、そういう人達と付き合わなくても何も困らず生きていける。お互い快適だ。

f:id:sigdesig:20220331160318j:plain

バイクを離れても「詩心」は常に持つようにしている。これは電車で旅行した先での一葉。見ず知らずの女性だが佇まいが良かったので遠くからフレームに納めさせていただいた。

f:id:sigdesig:20220331160416j:plain

仕事からの帰り道。別に一眼レフ抱えて北海道に行かねばならんというわけでもない。

f:id:sigdesig:20220331161546j:plain

なんてことのない近場の風景でもこちらに「詩心」さえあれば良いと思っている。

空を見上げる気持ち、道端の草花に向ける目があればいい。

f:id:sigdesig:20220331162123j:plain

しかし、限られたストックの中からでは歌詞の内容に合ったものを探しきれない時もある。これは近くのJRの踏切で撮ってきた。

先日は桜の歌を歌った。歌詞の内容に合うような都合のいい場所があるかなぁ、と思ってたらそれがあった。

f:id:sigdesig:20220331165634j:plain

移転して廃校になった学校の正門の前が堤防に上がる坂道になっていて、そこに大きな桜の木がある。去年までは卒業生や新入生たちがその桜の木の下にたくさん集まっただろう。今はもう誰もいない。今年この桜を見上げたのはたぶん自分一人だ。

f:id:sigdesig:20220331165926j:plain

学校はいつか取り壊されるだろう。桜の木も切り倒されるかもしれない。何処にでもある人間の身勝手というやつだ。少なくともそれまでは俺が見にきてやろうと思う。そんな思いでこの画像を背景にした。

今までにない経験だった。実に面白かった。

カラオケで自分の好きな曲を唄う。
頭の中でその曲を流しながら、雰囲気に合う風景を探して歩く、自転車やバイクで走る。「おっ」と思ったら小さなカメラを向ける。

そうして撮った画像でMVを作ってアップロードする。

むろん自己満足だ、もはや自己陶酔か。ま、嗤いたい奴がいれば嗤えばよい。(しかし、ここだけの話だが、評判は悪くない)クリエイティブと言っていいと思う。何より楽しい。

右目の問題でやや終局に差しかかりつつあったバイクやカメラといった今までの趣味が、カラオケのMV探しという新たな軸が絡まることで、さらに複層的に楽しめるようになった。

なんだか心が豊かになった気がする。

そうだ車のグローブボックスに一軍落ちしたミラーレスカメラを入れておこう。なんてウキウキしている自分がいる。