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万年青二才の趣味三昧、走る、作る、観る、聴く、憩う。

ランチ in 坪庭

お昼にキャベツの千切りと目玉焼きとトーストだけではショボイ気がしているブログ主である。

そこで、一計を案じた。
一階の坪庭に折り畳みのテーブルとチェアを引っ張り出してきた。アウトドアランチにするのだ。一坪半=3畳の猫の額みたいな狭〜いスペースだけど、部屋の外には違いない。

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純和風なのは前の住人の趣味。 白木の縁台と浴衣が似合うかもしれないが・・・

食器もキャンプ用の薄くて小さな金属製にチェンジ。これだけでショボくれ感が消える。野趣というものが生まれるのだ。

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手で無造作にちぎったハムや切り損ねたキャベツの葉っぱなどがここで効いてくる。酢とオリーブオイルのテキトーさ加減もなんだかワイルドに思える。毎回味が違うという料理的な低レベルさは、"飽きがこない"という意外な効果の方に心は傾く。(実は最初はちゃんと計って泡立て器で混ぜてドレッシングを作っていたのだがすぐにやめた。面倒なのだ)

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室内では耳や肌に閉塞感があるが、たとえ小さな庭でも屋外であればその圧を感じない。木調の小さなスピーカーからブエナ・ビスタやウイリー・ネルソンなんかを流す。小さ〜な音でいい。いや小さ〜な音がいい。

悠然と深々とチェアに腰掛ける。テーブルは食卓としては低すぎるのだけど、逆にガツガツ食べにならない。お皿を口元に持ってきてキャベツを1口食べ、テーブルにお皿を戻す。しっかり噛んで飲み込んだら、今度はトーストを手に取って齧る。そしてまたテーブルのお皿に戻す。いちいちこんな調子だ。自然とペースがスロウになる。泰然自若というか、のんび〜りゆっく〜り食べることができる。

そうすると、気付くことがある。トーストって香ばしいんだ、とか、キャベツのみずみずしさとか、オリーブオイルと酢と黒胡椒がいい感じのハーモニーだな、半熟卵の黄身ってどうしてこんなシアワセ感あふれる味なんだろう、などなど、、、

そんな素材本来のシンプルで繊細な持ち味は、TVやスマホに気を取られながら、イライラガツガツとただカキ込んでしまっては気付かない。

キュウピイ深煎りゴマドレやらカゴメケチャップやらソントンピーナツバターなどの激烈で過剰なウマサで覆い隠してしまっては気付かない。

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食べ終わったら食後のコーヒーにしよう。自分の定番はMJBのARMY GREEN。普段使いのものに贅沢はしない。ビターでスモーキー、昔ながらのザックリしたコーヒーだ。

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ホーローのカップにたっぷりアメリカンで淹れる。またもやチェアにどっしりもたれかかって、これまたのんび〜りゆっく〜り飲む。お茶受けに素焼きのミックスナッツを一掴み。

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TVもスマホも見ようという気にならない。本を読もう。小説はちょっと重いから、こういう時は漢詩なんかがきっと向くに違いない。
「峨眉山月、半輪の月」
「孤帆の遠影、碧空に尽き」

あぁ〜いいなぁ〜。

眼を閉じればお隣の家のトタン壁が消え、水墨画の様な風景がボンヤリ浮かんでくる。

詩歌はどこからでも読み始め、どこでも好きに止められる、そんな自由がある。前回までの筋や登場人物を覚えておく必要もない。なんなら読んだあとに一切忘れてしまっても構わない。その時の感興だけが心に残ればそれでいい。

(誰だい、意味も由来も教えず百人一首を全部暗記してこい、なんて不粋なこと言うのは?)

いつのまにか、とても満ち足りたランチタイムになっている。

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味だけでなく量にも不満はない。

上記のメニューで600kcalくらいだ。思ったよりはあるが、普通程度の活動量の5〜60代の成人男性のランチとしてはやや不足、とのAIの判定である。けれども間食などしなくても夕食まで腹持ちは良い。ゆっくり食べると満腹感が得られやすいというが、それだけでもない気がする。

脳と腸は繋がっていると言う。気持ちが落ち着くと胃腸も落ち着くのかもしれない。落ち着いた分、消化も良くなり体に取り込む栄養分も増えるんじゃないか、とは今考えついた自論である。科学的根拠なんぞどこにもない。空の下で食べればどんなものでも美味いし、体も喜ぶんだよ。この気持ち、AIにゃあ、わからんだろうさ。

 

狭い小さい庭に狭い小さい空が見える。

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狭くても小さくても空は空だ。

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コーキューリョーテーのカイセキもフレンチのコースも江戸前の寿司屋も、なんだか気詰まりでほぼ味がしない。昼飯でウナギ屋や焼肉屋を目指すツーリングなんてもうこりごりだ。上から目線で「高いもん食わせたろ」とばかりに付き合わされたら、それだけでムナクソ悪くなる。

そんな自分である。

この坪庭ランチはだから大層なお気に入りとなった。

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サラダチキンの日


ツナサンドとスクランブルエッグの日

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スクランブルエッグは簡単でいい。サラダチキンは水で塩抜きしてある。

 

これからの梅雨の時期と真夏にどうするかは・・・考え中。
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やさしいランチ

お腹にやさしいお昼ご飯を作ろう、そう思い立ったブログ主である。

まず、化学調味料の類はなるべく使わないようにしたい。そして材料は全て家にあるものでまかなう。目指すのは毎日でも作れる、食べられる、ごくごくシンプルでベーシックなライトミールだ。

料理は、はっきり言って得意ではないブログ主である。

だいたいは丸美屋だの永谷園だのAGFだのの力を借りてマーボー春雨だとか明太クリームスパだとかを作っている。イチから出来るのは卵焼きとチャーハン、その程度だ。インスタント系が禁じ手となるといささか徒手空拳の感を禁じ得ない。雨の中を素ッ裸でバイクに乗る様な気分だ。まあ、やってみよう。ヤマハSRだと難儀するだろうが、ホンダ ジョルノくらいならなんとかなりそうだ。案外、気持ちいいかもしれないな、といたって楽天的なブログ主である。

主食はトースト。
昨年、暴騰したコメを盲従と三度の主食に据えるライフスタイルからは軽やかに離れた。フユー層ならざる我が家は大蔵大臣に言われなくとも朝と昼はもっぱらムギを食う。(ヨメも自分もパンは大好きなので何ら痛痒を感じない。白いおマンマは日に一度、晩ごはんに有り難〜く頂く。いつも炊き立てが食べれて嬉しい。むしろ食生活は豊かになった気さえする)

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食パン6枚切りをカリッカリに焼く。香ばしいのが好きだからバターもマーガリンもなし。ホントは8枚切りがいいのだが、あまり売ってない。関西は6枚切りが標準なのだ。郷に入っては郷に従う。いや生まれも育ちも関西やネンけどな。

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スーパーでだいたい120円くらいの食パン。毎日食べるものに贅沢はしない「どこそこベーカリーの山型パンでないと」てなことは言わない。行列になる高級プレミアム食パンなんて尚更いらない。(あの手は妙にねっとり甘くて好みではない。だいたい値段がバカ高い。その上、あろうことか「焼かずに生で食え」などと威丈高なことまで言うので恐れ入る。ひと頃に比べ店舗が減ったようだ。さもありなん)

次に目玉焼き。

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サニーサイドアップでなくてもいいが、黄身はやや半熟でありたい。半熟と固焼きとでは別の食べ物かというほど味が違ってくる。なのでコンロに張り付いて慎重に焼き加減を見つめる。

f:id:sigdesig:20260615121559j:image今日はちょっとユル目

 

f:id:sigdesig:20260617130601j:imageこれくらいがイイ

味付けは塩胡椒のみ。ヨメは赤穂の天日塩しか買わないみたいだから、これだけで充分なのは多分にそのお陰だろう。そして最後に黒胡椒を必ずペッパーミルで挽く。

(だいたいどんなものでも黒胡椒を掛ければ俄然美味くなる。コンビニの照り焼きチキン弁当でもマクドのハンバーガーでも、黒胡椒カリカリだけで途端に人間の食べ物らしくなるから偉大だ。「中世では同じ重さの金(ゴールド)と交換された」というエピソードは今となっては大いに合点がいく。最初に中学の世界史の岸本先生から聞いた時には自分は首をひねったものだ。"S&Bテーブルコショー"しか知らぬガキだったのだから是非も無い)

それとキャベツの千切り。
千切り?大丈夫か?、案ずるでない、我が家には”ベンリナー”がある。

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お分かりにならない方の為に説明すると、向かって左側がベンリナー、右側がキャベツである。

間抜けた名前だがその実力は侮れない。これの幅広タイプはプロも使う定番最強調理器具なのだ。そこいらで売ってる5個セットのヘナヘナとはモノが違う刃が違う。「包丁ぶきっちょ」な自分でも山盛りのキャベツの千切りがいとも簡単にできる。ザッシュザッシュと切れ味鋭く、芯の部分でさえ食べられる。調整すればお洒落カフェで出てくる薄々フワフワの千切りも可能。個人的にはちょい厚目のジャキジャキくらいの歯応えが好み。
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キャベツをお皿にテンコ盛りにして、ベビーチーズと薄切りハムなどを手でちぎってバラ撒く。その上から酢をテキトーに回しかける。さらにオリーブオイルを糸の様にして垂らし、カンダタがよじ登ってこないか温かく見守る。そしてやっぱり黒胡椒をカリカリ。

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ミニトマトを(あれば)添える。あとは無塩の野菜ジュースをコップに一杯。

f:id:sigdesig:20260615121641j:imageハイ、出来上がり。

10分くらいで作れるし、食材はほぼウチに常備されているものばかりだ。乱雑な盛りつけ方もあってか、見た目は正直ちとショボイ。味もまあ、不味くはないが、特段美味くもない。総じて普通の家の朝ご飯レベル、あるいはそれ以下かもしれない。


これを薄暗い台所で、TVでゴシップ番組のキャスターのしたり顔なんか眺めながらガツガツとかき込んでしまえば、ものの5分で食べ終わってしまう。何を食ったか、どこに入ったか、よくわからず、なんだか物足りなさだけが残る・・・

う〜ん、いまいちだねえ・・・

お昼ごはんを再考する

インスタントラーメンが大好きな小池さんの様なブログ主である。

それがときどき、体が拒否反応を起こす時がでてきた。あれほど好きだったインスタントラーメンがまったく食べたくなくなるのだ。拒否反応は食べた後だけでなく、食べようと思った時にも出る。なんとなく舌の奥の方で「インスタントラーメンか、嫌だなぁ」と感じる。

それでも食べると(食べるんだから呆れたマヌケだが)1時間もすると腹痛がやってきて腹下しとなってトイレで唸る羽目になる。まあ、一度二度トイレでウナって全てを放出し切ればケロリと治る。別にその夜にカツ丼とか平気で食べられるし、実際食べても(食べるんだから呆れたヤツだが)お腹はなんともないから不思議だ。

"インスタントラーメン"、”下痢”のキーワードで検索してみると脂肪過多、塩分過多が疑われます、とAIに諭される。しかし自分の場合インスタントラーメンだけでなく、カップスープ、ペットボトルの緑茶にも反応するのだ。お〜いお茶のラベルのどこにも脂肪分や塩分が含まれるとは書いていない。別の原因と考えていいだろう。

どうも化学調味料の水溶液の多量かつ急激な摂取に対して反応するのではないか?と勘ぐっている。自分および家内はもともと化学調味料が苦手だ。未だかって我が家の食卓で赤いフタの化学調味料の小瓶を目にした事はない。ウスターソースやポン酢、めんつゆなどはなるべく化学調味料臭くないものを慎重に選んでいる。最近では茶葉の緑茶にも普通に化学調味料が入っているから困る。香典返しに貰ったのがそういうお茶で辟易した事がある。以来、飲むのは麦茶かほうじ茶に限っている。

とはいえ化学調味料と下痢との間に医学的な因果関係があるとは誰も認めないだろう。下痢はまず一過性だし、摂取量もラーメン一杯程度だ。医者に行っても「胃腸が一時的に過敏になっているだけじゃーないですか、それか体質の変化。まあ老化かな〜」で片付けられそうだ。

原因が何であれ、ラーメンのスープを飲まなきゃいいだろう!とよく言われる。自分は袋麺は別茹でしているし、スープだって大半は残す。グルメ番組のおデブタレントみたいに飲み干したりはしない。しかしラーメンのオイシサはスープに詰まっている。麺だけ食べてスープはひと口ふた口だけ、だなんてラーメンを食べる楽しみのほとんどをドブに捨てるようなもんだ、いやまさに文字通りだけれど。

別に「化学調味料は体に悪い」とか、「インスタントラーメンは不健康だ」とか言うつもりはない。インスタントラーメンをこよなく愛しているジャンキーブログ主である。しばらくすればまた元通り、小池さんの様にズルズルとインスタントラーメンを食べられる様になることも、わかっている。「AjinomotoではなくGerinomotoだ」なんてビロウなオヤジギャグで笑い飛ばしたあとで「歳とって胃腸も弱ってきたんだろう」とたそがれておくだけだ。

しかしトイレでウンウン唸らねばならん、というのはこれから仕事、あるいは車やバイクに乗る予定がある、なんて時にはチョット望ましくない状況だ。なので、科学的根拠の有無に関わらず、そういう事態を引き起こす可能性のある食物は、いくら好物とは言え出来れば回避しておくのが賢明だろう。

そこでお昼ご飯を少し見直す事にした。

だからといって自然食品ストアに行ってオーガニックなんたら、無農薬なんとか的な食材を買い漁るほど自称"ナチュラリスト"ではない。イマドキ買ってくる食べものにはたいがい化学調味料が含まれている。それ自体に不平は言わない。安くて手軽で味も良くなるのだから。いちいち目くじら立てるなら自給自足を旨とし家庭菜園から始めねばならん。

そういうライフスタイルは立派だが、自分には到底真似できない。敬して遠ざける。コムツカシイ"無化調"などは目指さずに、ゆるやかに軽やかに折り合いをつけながら、お腹と身体に気持ちよく、手軽で続けやすい昼メシを考えることにしよう。

ウエス

古くなったTシャツは捨てないでとっておく。溜まってきたら、ガレージで小さなイスに座り込んでウエスを作る。ウエスは自転車のチェーンを拭いたり、スポークを磨いたり、他にバイクいじり、革ジャン、ブーツの手入れなんかに使う。

 

Tシャツにハサミで切れ目を入れ、ビィーっと手で裂いて小さくしていく。たくさんあるからその作業が延々続く。黙々と淡々とこなしていく。裾や縫い目などに沿ってきれいに裂けるとちょっとだけ気持ち良い。テレビのつまらないバラエティを見てたり、ネットで広告だらけの飛ばし記事を読んだりするより、よほど好きな時間の過ごし方だ。

開け放したシャッターから金木犀の匂いがどこからか漂ってくる。秋の陽光が眩しい。近所の小さな子供が不思議そうに覗き込んで通り過ぎてゆく。

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自分も小さい頃、近所の自転車屋さんが店先でウエス作りするのを横に座り込んで見ていた。

「オっちゃん、何してんのん?」
「ああ?ウエスや」
「ウエスて何ぃ?」
「古シャツや」
「なんでウエス言うん?」
「うるさいなぁ、あっち行きぃ!」

自転車屋はヘンコツものが多い(父親の説)から大体追い払われる。自分は木のパンク修理用の道具箱が好きだった。上部に丸い穴が開いていて、ゴムのりの缶がピッタリ収まる。その周りは使い込まれて真っ黒だ。すぐ下の棚にサンドペーパーが何枚か。側面の引き出しから古びた木槌や柄の黒いさいほう鋏などが出てくる。そこにうす汚れたウエスも入れられている。

ウエスは今思えばWaste(廃棄物)の訛りかな。違うかもしれないが。

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最近ではウエスはホームセンターで袋詰めで売っている。なんなら使い捨てのペーパータオルもある。キムワイプとかだと毛羽立たないので自動車整備にはむしろそっちの方がいいらしい。

近ごろは"エアなんとか"とやらの新素材のインナーばかりで、赤ヘインズなどのメリヤスTシャツもあまり着なくなってきた。なので自分もいつまでウエス作りをするか、わからない。

おらがギター その 11「運命のギター」

うん、コイツは俺のことを待っていてくれたんだ・・・Yamakiギターを試奏してそう思ったブログ主であります、が・・・
いやいや、まあ待て、焦るな。
逸る気持ちを一旦抑えて、冷静に自らに尋ねてみる。

 

オマエは今、初めてのyamaki、初めての試奏で、少し舞い上がっているんじゃないのか?
ほんとにそんなにイイ音なのか?
それが自分にわかるのか?
その価格に見合うのか?
この先もっといいギターに出会えるんじゃないのか?

なるほど、少し気持ちが昂っていたかもしれない。もう一度、クールになって弾いてみよう。

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 うん、音の印象は変わらない。

しかし、確かに自分の引き出しには比較対象のサンプルがまるでない。あるのは義兄のYAMAHAの音だけ。(さすがにミニギターはこの際外す)あとは自分の最初のアコギ、何度か弾いた友人のギターなどなど、いずれも遠いかすかな記憶の中だ。

音に対する価格が妥当かどうか、なんてサラサラわからない。

 これよりも安くてキレイで良い音のギターに今後出会える可能性、それは確かにあるだろう。

しかしそもそも、より良いギターを追い求めよう、ステップアップしよう、という気持ちが自分の中にさほどない。チューニングさえしっかり合ってくれればそれでいいわけで・・・何度も言うが”音”に関しては義兄のYAMAHAで十分満足しているんだ。

このyamaki、今は義兄のYAMAHAよりいい音に感じているが、家に持って帰って魔法が解けて「ナァ〜ンダYAMAHAとたいして変わんないや〜」となるかもしれない(よくあることだ)

別にそれでも一向に構わない。

求めているのは”相棒”だ。

「諏訪」という言葉に心を動かされた自分が、それを望んだタイミングで偶然に身近にひょいと現れた。それがいま、目の前にあるyamakiギターだ。そして最初に買ったギターや義兄のYAMAHAと、たまたま同ランク同年代の製品だった。(まあ、その辺が一番タマ数が多いんだろうけど)

たぶんこの先、近場の楽器店でyamakiを試奏できるケースなんて、そうそうないだろう。ちょっとした「巡り合わせ」を感じる。

つまり、これはやはり”好機”に違いない、そう結論した。

 

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”チャンスは最大限に活かす、それが私の主義だ”
・・・はいはい、そのセリフがいいたかったんだね。

 よし!そうと決まれば最終チェックだ。全てのペグを動かしてみる。ワオ、ベリースムーズ。しっとりした動きにちょっと感銘すら受ける。

うん。もはや言うことはない。
「あのう、これ、下さい」
だけだ。

 先ほどの店員さんにそう告げる。
「ありがとうございます、それでは担当変わりますね」
やってきたのはロン毛の痩せぎすの男性・・・ではなく若い小柄な女性でホッとする。

「これいい音しますよね。以前試奏した人もいたけれど、このピックホルダーがどうしても気になったみたいです」という話だった。

 やはり、、、確かに"星条旗"はいただけない。何よりオリジナルコンディションを尊ぶ向きもあろう。そういう人に先を越されなくて自分はラッキーだった。思えばこのピックホルダーは魔除け札みたいなもんか。感謝しないといかんな(ま、剥がしちまうけどな)

そう思えば似て見えてくるから不思議

となると、あの展示方法も・・・わざとあんな場所に置いたのかもしれない・・・

親子連れの初心者あたりが安さに釣られてウッカリ買ってしまわない様に「どうせなら隣のピカピカの新品のYAMAHAの方がイイわねぇ」となるように・・・
店長が「早く売っちまえ!」とうるさいので仕方なく値下げしたけれど、このギターの”良さ”も”古さ”もわかってくれる人に買って欲しい、と言う担当者の想いだとしたら・・・

深読みだとは思うけれど、自分は少し居ずまいを正した。
「これからはボクが大切に弾かせてもらいますよ」
な〜んてキザなことは口にはできないけど、そういう想いが心中にあったということだ。

「このyamakiがね、欲しかったんです」

ようやくそれだけ言った。

担当の彼女は嬉しそうに笑ってくれた。

「弦高などでご要望があれば調整お受けできます」

と夢みたいなお申し出であるが、特に不満はない旨伝える。そこイジくるの、私の愉しみなんで。

そして、ハードケースが付いてきた。金具のところが錆び錆びの中古品だが、人生初のハードケースである。片手に下げて歩いてるだけで気分はもうミュージシャンだ。気持ちが高揚してくるのを感じる。

自分の車のリアゲートを開け、ハードケースを積みこんだ。「バムッ」とゲートを閉める音が地下の駐車場に響く。なんだかTVドラマのワンシーンみたいだ。

「おい、俺。買ったよ自分のギターを」

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この項、了

おらがギター その 10「yamakiの実力」

さあて、それでは


”見せてもらおうか、yamakiギターの性能とやらを”

・・・はいはい、そのセリフが言いたかったんだね。

 

ジャラーン
「おろ?」
さすが楽器店の店員さんはチューニングも上手い、と思った。それほど音が綺麗に揃っている。そして響きの余韻がハーモニーとなって耳に心地良い。


弦は、と見るとそれほど新しくもない。指の当たる部分に微かに錆も浮いている。ゲージはたぶん標準的なライト、なんだろう。ネックはとても握り心地がよい。弦高も低いようでライトゲージと考えれば弾きやすさは充分だ。

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"ジャガジャーン"

ストローク弾き。音量が大きい。弦だけでなくギター全体が鳴り、弾いてる人間のヘソのあたりを直撃する。「丹田にずしりと響く」といった方がカッコいいか。(丹田ってどこかよく知らないけれど)弦の太い分を差し引いてもそれは強く感じた。

"トンテンチンテン"

指弾きしてみる。下手なブログ主のアルペジオでも一音一音がはっきり聞こえる。低音弦がサムピックを付けてるみたいにビィーンと深く長く響く。高音弦も澄んでいて張りがある。

う〜ん、いいなぁコレ・・・

我が家の狭い6畳間ではなくオープンスタイルの広い店内、天井も高く、店内BGMが始終なっている。チラホラいる店員さんにヘタクソがバレぬよう控えめに弾いてるんだが・・・それでもこんなに大きく聞こえるのか・・・

ネットの”幻の逸品”的な記事はたいがいは大袈裟だから、yamakiもそんな大したことないかも、くらいに思ってたんだけど。これほどイイとは・・・

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”yamaki、侮りがたし”

・・・はいはい、そのセリフが言いたかったんだね。"yamaki"の下にアンダーライン引くんだね。

 ひとしきり音出ししてから各部をチェック。

ネックはなるほど真っ直ぐに思われた。ナット、サドルは黄ばんでいるが、まあ、プラ製だろう。ブリッジピンは新品のプラ。ペグはyamakiの銘が入っているのでオリジナルのようだ。50歳の割にはメッキに浮きサビもほぼない。

ヘッドだけでなく背面や側面にもクリア層の白濁がかなりある。

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これは表層を磨いたくらいでは取れないだろう。ヘッドだけならペグ外してサンダーで塗膜落としてクリア再塗装、出来なくはないかな〜、う〜ん、ヘッドだけピカピカっちゅーんもな〜。星条旗柄のピックホルダーはやっぱり気に入らないが、こんなモン速攻でひっぺがしてやるわ、、、

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と、もう買う気になっている自分に気づいた。

YAMAHAの新品や超カッコいいフェンダーのブラックカッタウェイのことは頭から消し飛んでいた。

おらがギター その9「哀愁のギター」

ほぼ開店と同時に入ったのはよくあるチェーンの大型楽器店。てっきり中古ギターコーナーでもあるのかと思っていたが、そういうのはドコにも見当たらない。店内を3周してようやく見つけた”yamakiギター”は一番店先で他の新品ギターに囲まれていた・・・

 

初めて見るその姿・・・
知る人ぞ知る逸品的なオーラ・・・は、しかし、なかった。
諏訪の清涼な空気感・・・いや、そんなんぜんぜんないし。

ボディはくすんで、縁取りは黄変し、ヘッドも白濁している。普通に普通の中古ギターだった。ネットの画像で見ていた通り、ではあるんだけれども、実物はなんというかもっと古びてパッとしない。

まあそれは中古はコレ一本だけで周りにピカピカの新品が居並ぶ、というあんまりな陳列のせいだ。それじゃどうしたって見劣りはする。一番端っこならともかく、なんだってそんな新品のど真ん中なんかに50年前のギター置くんだよう。櫻坂46のセンターに立たされた太田裕美、そんな感じだ。まったく非道い。

それでいて付いている値札は新品ギターとそんなに大きな差はない。
「こんなん誰が買うねーん」
そのyamakiがお目当てだった自分ですら苦笑まじりのツッコミを入れた。
これがリサイクルショップに置いてあったら第一印象は全然変わってたはずだ。両サイドに松本伊代と榊原郁恵が座ってたら太田裕美だってそう悪くはない。

まあしかし、ネックに貼られた商品説明カードを見ると、このギターがいかに音が良いかについて、小さな手書きの文字でビッシリと記されている。語り尽くせぬほどのスタッフの熱量がそこに感じられた。

一方で、当初つけられた価格が二重線で消され1割ほど値引きされた新価格がその上に手書きされている。スタッフの情熱とは裏腹な自由市場経済の残酷な現実がさらけ出されていた。
ミもフタもない言い方をすれば、誰も見向きもしないから、値下げされたのだ。捨てられた老犬の哀愁漂うyamakギター「悪魔!資本主義の悪魔」マルクスならずともそう呟きたくなる。

それはね、お札をもう一枚積んだだけで隣でピカピカ輝くYAMAHAの新品ギターが買える。その方がよほど利口というものだろう。もう一枚積めばフェンダーのエレアコだってある。めちゃくちゃカッコいい光沢ブラックのカッタウェイモデルだ。実はワタシ、これにはけっこうソソられていたんです。

なんたってフェンダーだゼぇ?スリムのブラックデニムに革ジャンで決めたらバッチリじゃないか。エレアコだからライブでも面倒がない。50年前の合板ギターに500エンのチャイナ製ピックアップだなんてビンボー臭えのにはオサラバさ。手持ちの資金に余裕はあるんだ・・・

い、いや、いかんいかん。かぶりを振って自分は自分に言い聞かせた。

そんな札束振りかざした金満家の道楽コレクションみたいなのは、オマエの最も忌み嫌うところではなかったか。yamakiを試奏しに来たんだ。相棒を探してるんだ。新品なんて似合わない、と自分でも言ってたろうに。第一"カッタウェイ"だなんてハイポジションで弾かない、いや弾けない自分には無用なデザインじゃないか。

”まったくおめぇってヤツは、、、ちょっとイイ女見たらすぐに鼻の下伸ばしやがる。ちったぁ釣り合いってもん考えろよ・・・”

”いいかいムーミン、人にどう見られるかばかり気にしてたら、自由なんて手に入らないんだよ・・・”

ノンキでお気楽な自分にクールなヤツらがいさめてくれる。

意を決してコワモテ店長ならぬ優しそうな女性店員さんに告げる。
「あそこのyamakiギターを見せてください」
「はぁ〜い」
と気さくに応対してくれた店員さんは、並みいる新品ギターの列からyamakiを取り出した。

「アラやだ!なんでアタシじゃないのよう、一番の美人なのに」
「何言ってんのアタシの方がキレイよッ、ナニあ〜んなオバサン選んで」
「つかもうオバアさんじゃん、あれ。あ、ちょっと待って〜」

というような妄想嬌声を尻目にスツールの並んだ試奏スペースに向かう。
店員さんはyamakiを手慣れた様子でチューニングをし始めた。それを黙って見ながら緊張してくる60オヤジ。楽器屋で試奏するなんて生まれて初めてだ。

店員さんは自分にギターとピックを手渡すと
「ではごゆっくり〜」
と言って離れていった。ウム、心得ておられる。こちらとしては下手クソギターを鼻で(笑)されずに済んで、やれ一安心。

さあて、それでは・・・