前回のお話は、ローティーン時代の毎年琵琶湖までサイクリングキャンプ旅行。
やがて働き始めた後年、そんな思い出話をしてたところ、同期入社のカワイコちゃんがいきなり瞳をキラキラ輝かせて顔を近付けてきた。
「そうなんだ!sigくんも自転車部へ入ろうヨ!!」
会社のクラブ活動でどうやら彼女も所属したばかりらしい。
瞳をキラキラ輝かせたカワイコちゃんに至近距離からお誘いを受ける、
という状況にはそうそう遭遇できるものではない・・・
自分は多少相好を崩して返答をした様である。
ほどなく、とある年かさの上司が声をかけてきた。
「キミさぁ、自転車乗ってたんだって?」
その人は自転車部の部長だという。
「はい!琵琶湖まで一晩かけて行ってました。中高生でしたけど」
関東出身のその上司は鼻毛の鼻でふふんと笑った。
前回の峠の話やミヤタの自転車などはさらにお笑い草だった。
「俺なんざ100km200km走るのは朝飯前。当然スピードも出すからね。輸入品のフレームやパーツを選んで組むから値段も何十万になる。ま、最初はその古いのでいいや、筋トレから初めてもらうことになるだろうからさ・・・」
。。。時代はそんな風になっていたのである。
結局のところ、自分は自転車部に入部しなかった。
可愛いユキちゃんの瞳の魅力も鼻毛の不愉快さには勝てなかったのだ。
生来のアマノジャクで損ばかりしている、そうかもしれない。
それから長い歳月が過ぎた。
自転車趣味からも離れていった自分は会社を辞し、自ら零細な道にわけ入った。
ユキちゃんはメデタク寿退社をし、娘さんはもういいお年頃になっているはずだ。
鼻毛のその後は知らない。今頃どこかの道端で自転車の下敷きになってるだろう。
自分は今また小径車、ミニベロを選ぼうとしている。
今は自転車ブーム、それもロードレーサーが主流らしい。
やっぱりアマノジャクなのか、どうにもそちら方面には近寄れない。
速い、遠い、高いを喧伝されるたびにあの鼻毛の得意顔を思い出してしまう。
(こんな言い方をしてはハイレヴェルで品のある自転車趣味の方々は憤慨なさるだろう。
まあ貧乏な痩せっぽちのルサンチマンとでも思って下され)
ミニベロのタイヤの小ささを見れば
「速さや遠さを求めません」
という所信は一目にして瞭然なはずだ。
これで一人で楽しくやれるだろう。
自分の町の知らない道を行こう。
近所のパン屋でパンを買って、単焦点のカメラを持って、ゆるりと走ろう。
バイクほど遠くには行けないけれど、バイクでは停めにくい所や入れない道に行けるだろう。
今まで見逃してきた、風情があって見晴らしのいいところがきっとたくさんあるに違いない。近江舞子はともかくとして、長岡天満宮くらいまでは行けそうな気がする。
とても楽しみだ、それでいて少しの怖さもある。。。体がもつだろうか、ヒザや腰は大丈夫だろうか。
今でも忘れない。
14才のひ弱な少年がチャレンジしたあの琵琶湖へのサイクリング旅行。
出発の夜、キャンプ道具を積むのを手伝ってくれた父親の、見送っているだろう視線を背中に感じながら、これから始める旅への期待と不安が織り混ざる気持ち、それらをグっと振り切るように最初のペダルを大きく踏み込んだ。
あのスタートの決意はきっと今の自分にも脈付いている、はずだ。。。