sig de sig

万年青二才の趣味三昧、走る、作る、観る、聴く、憩う。

イシコ

 実家に帰った折に母親から高校の同窓の「T」くんを知っているかと尋ねられた。

たまたまその「T」の母親とおなじ趣味の集まりで会ったらしい。

「T?」あんなヤツ・・・自分は眉間に皺を寄せた。

 

  当時母親はその趣味の会の役員か何かをしていていた。

自分のちょっと珍しい姓が目に留まったのだろうか、

「同窓生の親同士のよしみで」と近寄ってきた、という。

 

 「T」は体がでかくスポーツ万能だが、なんとも粗野で傲慢な男だった。

高校生になったジャイアンを想起してもらえれば最も近いだろう。

自分とは全く相通ずる所がない人種なので、話をしたことなどない。

 

そういうと母親は笑った。向こうの母親も、

「うちの子はやんちゃだったのでちょっと嫌われていたかもしれないけれど」

と言っていたそうだ。

 

「やんちゃ」なんて可愛いらしいもんじゃないだろう、自分は心の中でそう思った。

彼に関しての記憶はあまりいいものではない。

 

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高校時代にクラス対抗の球技大会があった。

そのチーム編成の時「T」がオールスターチームの結成を提案した。

クラスの運動能力に優れたスポーツエリート達をサッカーの

「オールスターAチーム」に集結させるというのだ。

そうすると、当然もうひとつのサッカーBチームは「残りカス」ばかりになる。

それは「捨て駒」にしたらいいだろう、という計画だ。

 

どうやら「T」は取り巻き連中に事前に根回しを指示していたらしく、

賛成多数であっさりと決した。

当クラスの「オールスターAチーム」は優勝候補筆頭となった。

そんな姑息なチーム作りをしなかったほかのクラスからは非難轟々だった。

 

球技の不得手な自分などは「T」いわくの「残りカス」であり強制的に

「掃き溜めBチーム」送りとされた。

「カス」であることについては異を唱えない。

彼らに比して自分がスポーツにおいて劣等なのは認める。

 

勝つことだけしか頭にない野郎ばかりの球技大会など面白くもない。

初戦で負ければその方が楽だ、くらいな卑屈な考えしか自分にもなかった。

 

大会当日、「Bチーム」が集まった中に「 I 」という男もいた。

風邪かなにかで編成当日を休んでいて「Bチーム」となったのだが、

彼は運動神経がとても良く、本来ならオールスター組でも文句は出なかったろう。

「Bチーム」の顔ぶれを見た「 I 」 はさすがに「え?」という表情を隠さなかった。

 

まさに掃き溜めにツルである。

 

 以前に遠足のバスでこの「I」と隣り合ってから「イシコ」とニックネームで呼ぶほどには仲が良かったから、何だか気の毒に思って自分は事の経緯を説明した。

彼の顔は晴れぬままである。

「ゴメンな」

「いやオマエが謝ることじゃないよ」

「イシコ」は そう言った。

 

球技大会の初戦。

「イシコ」は自らゴールキーパーを買って出た。

それが”最良”と同時に取りうる”唯一”の戦略でもあった。

その他10人は運動神経、体力、やる気、全て絶望的に低い。

「イシコ」が前線にいたとしてもまともな攻撃は望めそうにない。

 

案の定、開始早々攻めまくられ、相手チームのシュート練習状態になった。

 

「イシコ」が神業の様なファインセーブを何度も見せたおかげで、

前半は意外と点は取られなかった。

自分もそんな「イシコ」の奮闘 を見捨てておれず、懸命にボールを追った。

 

しかし試合はだんだんと一方的に傾いてくる。

アヒルがサッカーを覚えて人類と対戦したらこうなる、といった様相である。

 

そこへ圧勝で試合を終えた「T」以下のオールスターAチームがやってきた。

サイドラインに陣取った。

「応援」ではなく、我が「カスBチーム」のドタバタ走る姿を嘲笑に来たのだ。

こちらを指差し腹を抱えてひいひい大笑いしている。

 

ドタバタでも走り回ってるのはまだいいほうで、

大半は ポケットに手を突っ込んで寒そうに立っているだけだ。

みな、首をすくめてこの憂鬱な時間が早く過ぎてしまうことだけを願っている。

  

「イシコ」はゴールを飛び出し必死の形相で敵陣に攻め込んだ。

もはや捨て身だ。

彼は顔を真っ赤にして全力でボールを追った。

勝つ見込みなど全くないのに。

 

終盤、ボールを持った「イシコ」は何人にも囲まれた。

フリーだった自分は思わず「イシコ!」と声を掛けた。

からくも包囲網を振り切った彼は渾身のパスを自分の前に出した。

 

あたふたとボールに追いつき、拙いドリブルでヨタヨタと前に向かおうとする自分に敵のディフェンスが迫ってくる。小バカにした様な半笑い顔を浮かべて立ちふさがった。

 

自分は見よう見まねで苦し紛れのフェイントをした。

 

「ほお~っ、いっちょまえに~」と嘲笑する声が耳に飛び込んできた。

「F」という男の声だった。

彼もサッカー好きで、オールスターチームに加わっていた。

自分とも仲が良かった。仲が良かった、はずだった。

 

何とか1人をかわして、敵ゴールに向けて悔し紛れにボールを蹴り込んだ。

 

おそらく、人生最初で最後のシュート。

それはゴールにさえ届かなかった。

手前の方でボテンボテンと跳ねて転がって止まった。

相手のキーパーは動きもしなかった。

 

「T」や「F」達の嘲り、冷やかし笑う嬌声が再び大きく聞こえる。

 

それでも「イシコ」はナイスファイト!の合図をくれた。

自分はこの時、スポーツマンシップの万分の一かを教えられたように思う。

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結局「T」率いるAチームは優勝出来なかった。

他のクラスのチームに、当然、普通にザコもカスも混じるチームに、負けたのである。

Bチームを踏み台にしておいて、当然持ち帰るべき優勝が叶わなかった。

それなのに彼らは自らの驕り高ぶりを正そうとも詫びようともしない。

敗北を喫し不機嫌そうに教室にもどる「 T 」達は我々と目を合わそうとはしなかった。

 

つまり、その程度の「エゴの塊ども」だったのだ。うまく息が合うはずもない。

ジャイアンツやレアル・マドリードなどドリームチームと言われるスター選手の集まりが、意外とメンバーなりの強さを発揮しないのも大方そんな理由かもしれない。

 

「T」たちが優勝してもしなくても、関係ない。

「T」の運動能力がいかに高かろうが、関係ない。

 

自分から見れば

「イシコ」はスポーツマンシップを有した最高のスポーツマンであり、最高の級友だ。

それに引き換え

「T」などはスポーツマンとして劣等であり、人間としては愚物にすぎない。

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もちろん、こんな話は母親にはしなかった。

その後、「T」の母親とどうなったかも、「T」の卒業後の消息なども聞いていない。

あるいは聞いたのかもしれないが、全く記憶にない。

 

「イシコ」は、とある大学で農作物の研究をしている。

学生に囲まれ破顔するその写真の顔は「イシコ」そのものだった。

彼の活躍がとても嬉しい。