sig de sig

万年青二才の趣味三昧、走る、作る、観る、聴く、憩う。

洋食屋さん

 
駅から少し離れたところにひっそりとある洋食屋さん。
 
ハンバーグ。
と注文が通ってから初老のご主人はその都度フライパンを丁寧に拭いて、
底まで透き通った油入れから綺麗なレードルでたんと油をすくって鍋に入れる。
両の掌の間でポンポンと器用に受け渡してハンバーグの空気を抜き、
孫娘を寝かしつけるかの様にそおっとフライパンに置いた。
 
もう何万何千枚目かのハンバーグの焼け具合を
一瞬しかし確実に見据える。
 
海老フライも注文を聞いてから衣をつけて
これまた丁寧に慎重にひとつひとつ鍋に降ろす。
揚げながらも時折鍋に鋭く目を走らせ火加減をみる。
 
常連とおぼしき客がきても愛想話はあしらい程度だ。
それよりも見ず知らずの俺に出すハンバーグに真剣だ。
職人気質、というものが何かの形をしているというのなら
この店のご主人のそんな姿に他ならないだろう。
 
デミソースとタルタルソースを たあっぷり、とかけて、
そうして出てきた小振りな皿に山盛りの料理、
むしろ無造作な見た目。店の佇まい同様、変哲もない。



 
 

いただきます。
 
ポタージュがとてつもなくウマい。
ハンバーグ。ふわりとしてたまらない優しい優しい味わいだ。
海老フライ、ガリ。これはもう一口で頭の中が海老フライで一杯になる。
タルタルソースは当然手作り。このコクはとてつもない。
 
これだこれだこの海老フライが食べたかったんだ、
と全身が嬉しさに身悶えた。
 
添え物のポテトサラダも 添え物の範囲を超えてぐぐんとうまい。
 
ウマいウマい実にウマい。
 
自分に尻尾がついてたなら、もうちぎれんばかりに振りまくってただろう。
 
料理の技術が巧いのか、
こだわり高級素材が美味いのか、
組み合わせの発想が効いてて旨いのか、
いや、そんなことどうでも良い。
 
もう、ただただウマい。ウマさの嵐だ。
 
舌ではなく心にずどんとくる味だ。
長い旅から帰ってきた時の自宅の玄関で感じる匂いの感覚に近い。
大袈裟ではなく目頭が熱くなってきた。
 
以来自分のご褒美メシはここになった。
 
 
豪華な高級素材、上昇志向で★の数を競う美食の店もある。
「こだわって」「昔ながらの」洋食店をこの地に開いた。。。
なあんてのも、ま、いろいろ知っている。
 
それはそれでそれぞれには美味いのだが、ナニかが違う。
 
「どうだ皆さんスゴイだろう」
が料理に透けている様にも思える。
 
舌は喜ぶ、腹もふくれる、人に自慢も出来る。
でも涙までは出ない。尻尾はピクリともしない。
不思議なものだ。
 
 
 
しかし、この洋食屋さんは今はもうない。
ご主人が引退されたからだ。
50年近くに渡って地域に愛されてきた小さな洋食店が幕を降ろした。
あの味がもう愉しめないのは痛恨だが、
じぶんはその最後の数年にギリギリ間に合ったのだから幸いだ。
 
その感謝の気持ちをここに。
 
「ごちそうさまでした」