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万年青二才の趣味三昧、走る、作る、観る、聴く、憩う。

コーヒーメーカーは全自動の夢を見るか?

うちの事務所には全自動のコーヒーメーカーがある。とあるライフスタイル提案型の雑貨店のプロデュースによるものだ。

マシンと一体型のミルで挽いた豆を移し換えることなく、ボタン一つでコーヒーが出来あがるのを"全自動"と称している。この商品の”売り”はタイマー付きで朝起きたら挽きたてのコーヒーが既にサーバーに出来ている、というものだ。欧米人みたいにベッドで朝食を摂るなんてライフスタイルはむろん自分にはない。じゃまたなんでそんな横着なものを、と言われそうだが、むろんそれなりの理由はある。

自分は稼業が零細自営だから何もかも1人でやる。代表者として役人の責め句の矢面に立つことから事務所の前の掃き掃除にいたるまで全て一人で任じなければならない。綾部探偵事務所の京子チャンみたいなボインの秘書でもいれば話は別だがそんな甲斐性はまるでない。なので客が来れば湯茶の接待も当然自前でせねばならない。

この全自動マシンなら事務所のコーヒーを淹れる間にお客さんを放ったらかしにしないでいい、と考えたわけだ。来客の日時というものはウチの場合は予め定まっている事がほとんどだから、事前に豆と水とペーパーを仕込んでおき、チャイムが鳴ったらスイッチを入れる。ご挨拶などを済ませている間にかぐわしい香りが漂ってきて、挽きたての淹れたてのコーヒーをすっと出せる。

おおなんとスマートなんだ…

少し値段は張ったが、日頃よりこの雑貨店のコンセプトをたいそう気に入っていた自分は「おおこれこれ、ついに出たか」という勢いで予約して早速買い求めた。予約までした買い物というのはオリビア・ニュートン・ジョンのアルバム「水の中の妖精」以来のことである。(当然、予約特典の等身大ポスターがお目当てだ)

 

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等身大ポスターはついてこなかったが、この業務用っぽいシンプルな佇まいとコンパクトさが何より魅力である。全自動マシンはいままで存在しないわけではなかったがあまりにも家電家電し過ぎていて京子チャンの代わりには、いやいや、自分の審美眼に叶うものはなかったのである。これで麗しのオートマティックコーヒータイムが手に入った。自分はウハウハいやウキウキ気分であった。

 

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ところが…

この機械、豆を挽く音が盛大なのである。ミギャーガジョガジョガジョジャージャーと大音声がする。広くもない事務所だからその音を聞いたお客様はおおかた不審顔を浮かべて辺りを見回したりする。ミルが臼歯式なので仕方ないといえば仕方ない音なのだが、豆を挽き終わった後もしつこく回り続けているのでいたたまれない。

さらに豆の粒がミルの手前で詰まることが結構ある。詰まったらアラーム音でも出してくれたらいいのだが、コヤツは一定時間ガジョーガジョーとミルを回したらあとは問答無用にお湯を注いでしまう。実は豆が詰まってしまっていて挽いた粉が全然不足していてもまったくお構いなしである。当然、出来上がったコーヒーは全然薄くて飲めたものではない。これはマズい実にマズい。いや味だけでなく。

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どうも豆の粒が大きすぎると詰まる様だ。愛用のクラシックマイルドブレンドスペシャルティまたはパンタノ14の羊ではたいがい途中で詰まる。マシンの販売元の曰く「本品専用に選定されている当店純正の専用豆をお使いください」とのことである。

フェラーリが専用タイヤを必要とする、などはよく聞くが純正専用豆を要求するコーヒーメーカーというのは初めてだ。コーヒーというものは嗜好品である。お気に入りの豆を挽いて飲みたい、という欲求はコーヒー好きにとってはごく一般的なものとの認識だったが、コーヒーメーカーにそれを正されるとは思ってもみなかった。

仕方がないので「小さ目の豆はどれですか」と豆を売っている店で聞いてみたことがある。店員さんはこれぞ怪訝な顔の見本というような表情をなすったので即座に引き下がってきた。

このマシンは製品仕様上あるいは自由民権思想上又はその他の理由によって不当に大きな豆を挽くことを断固として拒絶する、というわけでもなく、詰まって空転していたらすかさず棒か何かで豆を掻き混ぜてやるとガジョーと機嫌よく挽き続ける。単に豆の流入口が狭いだけなのだろう。なので機械の横に陣取ってずっと見張ることにした。産業革命を皮肉ったポンチ絵の様で自分で自分の姿が滑稽だ。

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この時点ですでに当事務所における"全自動マシン"導入の意義がほぼ失われた。

宣伝文句の通りの優雅なモーニングコーヒーを夢見て買っていたらおそらくまずはガジョーの騒音で目が覚め、何回かに一回は薄い色付きのお湯を飲まされていただろう。朝一から人を不機嫌にするコーヒーメーカーも珍しい。