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万年青二才の趣味三昧、走る、作る、観る、聴く、憩う。

「完成品画像MC202/205」サエッタ&フォルゴーレ23

 Macchi C202 "Folgore"

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マッキMC202フォルゴーレ(電光)は1940年8月に初飛行したイタリア空軍の戦闘機。

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MC200サエッタの空冷星型エンジンをドイツの液冷V型DB601に換装した。端的に言うとメッサーシュミットBf109Eの心臓を移植した機体である。

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これにより840馬力から1175馬力と4割近いパワーアップが図られた。

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胴体の空力的洗練も加え、最大速度600km/h 上昇力5500m/6分0秒と高性能を発揮。

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MC200譲りの高い運動性も合わせ持つ、イタリア空軍機の水準を世界レベルまで引き上げた機と言える。

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DB601エンジンはアルファロメオ社でライセンス生産が行われRA1000RC41"Monsone"(モンスーン)と名付けられた。

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部隊配備は1941年夏。イタリア空軍が600km/h級の戦闘機を実戦に投入したのは、真珠湾攻撃よりも3ヶ月早い時期だった、という事実はもう少し世間に知られていてもいい。

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機体の性能的にも当時のライバルであるハリケーンやP-40などには優った。

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ただし武装は依然として発射速度の遅いブレダの12.7mm2門にとどまる。のちに7.7mm2門が追加されたものの、連合軍機に比べるといささか見劣りするものであった。f:id:sigdesig:20200324105643j:plain

スピットファイアMkIXやP-38,P-47などが登場するとさしものMC202も苦しい戦いを強いられるようになる。

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そしてイタリア本土がB-17やB-24の爆撃にさらされるに至り、本機の弱武装が明らかな短所となってくる。

 

 Macchi C205 "Veltro"

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それに対するマッキ社の回答がMC205Vヴェルトロ(グレイハウンド) 初飛行は1942年4月。

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エンジンをDB605A相当の出力1,475馬力のRA1050RC58"Tifone"(タイフーン)へと換装し、最高速は640km/hに達した。 機首の12.7mmx2門に加えMG151 20mmx2門を主翼に装備 。運動性能、速度、武装と三拍子揃ったマッキシリーズの集大成となる。機体の改修は最低限に抑えられ早期の戦力化が期待されていた。

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しかしフィアット社によるDB605のライセンス生産が遅々として進まず、ようやく本機が実戦配備されたのは1943年2月。そのわずか数ヶ月後にイタリアは敗戦を迎えることになる。イタリア空軍はドイツの傀儡政権である北部のRSI(イタリア社会共和国)とローマ以南のイタリア王国自由空軍に分裂した。作品のマーキングは後者。

 

 

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