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万年青二才の趣味三昧、走る、作る、観る、聴く、憩う。

「完成品画像MC200」サエッタ&フォルゴーレ22

Macchi C200 "Saetta" 

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第二次世界大戦前夜、Bf109、スピットファイアなど全金属製の低翼単葉引込み脚の新鋭戦闘機に刺激され、イタリア空軍が計画した戦闘機競争試作計画「R」で最優秀となったのが本機、MC200サエッタ(稲妻)である。

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初飛行はF4Fワイルドキャットやバッファローなどと同じ1937年、クリスマスの日であった。

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信頼性の高い空冷星型エンジン搭載が空軍の指示であったが、シュナイダーカップレースで勇名を馳せた設計者のマリオ・カストルディは空気抵抗の少ない液冷エンジンを望んだ、と言われている。

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それでも徹底した空力抵抗と重量の軽減でわずか840馬力ながら最大速度500km/hを超え、同じエンジンを搭載したFiatのG50フレッチアに対し30km/h以上優速であり、マリオ・カストルディは面目を施した。

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G.50同様、良好な視界を得るため操縦席部分が盛り上がったデザインが特徴的。初期型は全周視界に優れた水滴風防という先進性を持っていたが、イタリアのパイロット達に嫌われ、結局開放座席に改修するという技術的後退を余儀なくされた。

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運動性も良好でイタリアの大戦前半の主力機となるはずだったが、低翼単葉機に特有の翼端失速の悪癖があり、事故が頻発。一時は全機飛行停止処分となってしまう。

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その後、なんとか失速問題を解決するも元々凝った設計が災いし生産数は一向に上がらず、部隊配備は遅々として進まなかった。一足先に量産に入っていたフィアットのG50や守旧的な複葉のCR42などに主力戦闘機の座を奪われた形となる。

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実戦投入されるやその本領を発揮し、初戦ではI-16、グラディエーターなどに対して性能的優位を保った。

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しかしマルタやアフリカの上空にハリケーンやP-40が現れるようになるとサエッタの500km/hの最高速度、12.7mm2門の武装では劣勢を否めなかった。

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無線で連携を取り高度と速度を利した一撃離脱戦法の連合軍にサエッタは守勢に回ることになる。

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戦場で求められたのは広い視界や軽快な運動性ではなく、重武装と厚い装甲を持った大馬力の機体だった。

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第二次大戦における空中戦は次第に変容しつつあった。それまでのパイロット個人の操縦技術を活かした単機同士の格闘戦は、やがて時代遅れとなってゆくのである。
 

 

 

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