sig de sig

万年青二才の趣味三昧、走る、作る、観る、聴く、憩う。

静かな空間

バイクでいつもの山道を行くと先週の台風で通行止めになっている。
仕方がないので左に折れてみた。
しばらく行くとつづら折の1車線の峠道。

崖下の渓流は水かさが多く白い波が立つ。

雨が降ったのはもういく日も前なのに、山の保水量は大したものだな、
と人ごとみたいに感心していたら段々と険しい道になって来る。。。
 

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陽は、ほとんど差さない。
くねくねと曲がった山間を一車線の小道が蛇のようにのたくる。
風の強い台風だったから路は濡れ落ち葉や小枝だらけだ。
ちょっとトルクを掛け過ぎると後輪がズルリと滑って肝を冷やす。
落葉に隠れたアスファルトの穴に前輪を落として股間をしたたか打ったりする。
 
車の轍の部分だけアスファルトが見えてる程度ならまだいい。
ここまで路面全体が落ち葉で覆われている、となるとこれは慎重を要する。
台風の後、車が一台も通っていないという証拠だからだ。
 
先に何が起きているか知れたもんではない。
落石で埋まってたり、谷側が崩れている可能性もある。
なので原付き程度の速度で2速でじわじわと走る。
案の定、ちいさな崩落箇所があって肝を冷やした。
 
車もバイクも一台も行き交わない。
人の気配も当然しない。
陽光が木々の間に何条かさしている。
モヤがかかった小径をスポットライトのように照らす。
 
いまにも「あやかし」や「もののけ」が飛び出して来そうだ。
 
首をすくめながら怖々抜けて見上げた道路看板には「九折」とある。
ツヅラオレ、まったく字の如くだわい、と独り言。
 
思わぬ人外魔境に入り込み、随分と幽幻枯淡な雰囲気にひたったものだ。
この気分のまま、隠れキリシタンの里の近くの隠れ家的なカフェを
訪ねることにした。
ここは暗く落ち着いた照明とひんやりした広い土間が気に入ってる。
 
 

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ところが入ってみると満席に近い。
なぜかオバチャン集団がいて、えらくかしましい。
やれやれ、である。
 
ここは人里離れた隠れ家的な縄文遺跡がテーマの古民家カフェである。
わざわざこんな山奥まで何台もの車でやってきて、大人数で嬌声をあげて騒ぐ気がしれない。
それなら近所のサイゼリヤでも充分できると思うのだが。
 
一方、隣の席の男女はお互いノートパソコンを開いて何やら打ち合わせ中。
 
ここは人里離れた隠れ家的な縄文遺跡がテーマの古民家カフェである。
わざわざこんな山奥まで車でやってきて、二人でパソコン仕事をする気がしれない。
それならスターバックスでも充分できると思うのだが。
 
まあこっちは騒々しくはないからまだいいか、などと
自分は旅手帳を開いて物書きなどをしていた。
 
ふと気づくと、隣の二人はいつのまにかパソコンを閉じ、顔を寄せてお互い見つめあっている。顔と顔の距離は30cmくらいである。
ナルホド「そういう」ことか。
年齢容姿その他不釣り合いもいいとこだが、まあ別にこっちには何の関わりあいもないことだ。
 
それにしても、やれやれ、である。
しんみりと幽玄枯淡を味わおうとして来た古代カフェで、いやに俗っぽい世界に取り囲まれているではないか。
静かな空間で静かに物思いに耽りたかった自分の心が千々に乱れてしまう。
それはまだまだ我が身の修行が足りん証左であるのだが。
 

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オバチャングループがお帰りになったら途端にシンとした。
少し静かになった。
静かなのはいいが、今度は広い土間の中に「見つめ合う二人」と自分だけが並んで座っている。どうにもこういたたまれない。
なので席を立ち、壁際に置かれた創作物を見たり写真を撮ったりした。
 
と思うと、お二人はそそくさといった風情で店を出て行った。
カメラが気になったのかもしれない。
 
駐車場にバイクの音がして入れ替わりにタンデムのカップルらしきがやってきた。
若くてお似合いの二人。先ほどのお隣さんと違ってこのひとたちに不自然さはない。
ライダーはGジャンにTシャツ、彼女はニットのセーター。
それじゃあ夕方は寒くないかね、と革ジャンの老ライダーなどは思うのだ。
バイクは何だろう、今時はやっぱりハーレーなのかいなあ。
 
この二人はとても、静かだ。
この空間にふさわしい、静謐で落ち着いた時間が戻ってきた。
自分はようやくのことでそれを味わうことができ、嬉しく思った。
 

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充分満足したのでお店を出る。
パーキングにはやっぱりハーレー、、ではなく少しカスタムしたカワサキの単気筒。
ん、いい感じだ。
レトロな風防と、帆布の小さな振り分けバッグをつけて、バイクを楽しんでる雰囲気が伝わってくる。
 
うーん、と背伸びをしてからバイクにまたがり、山を降りた。
秋が終わり冬がくればこの山には高速道路が通る。
そうなればこの静けさも失われる。
 
「あやかし」や「もののけ」も姿をみせてはくれんだろう。