木曽福島の駅を降りる。
快晴快晴大快晴。
空が、うんと高い。
激烈な東京からやってきたものだから、駅周辺の人口密度にその差を感じる。
都会では半径3m以内に人がいないことは稀だ。
ここではもう常にテニスコートくらいの広さが自分一人に割り振られている。
さてレンタカーを借りに行く。
地図などみなくても駅に降りて見回せば場所はすぐわかる。
混み合う吉祥寺の駅で花屋とコインロッカーとタクシー乗り場を探し回った緊張感が昨日のものとは思えない。
レンタカー屋さんの小さなプレハブ事務所の外で男性が二人、腰を下ろしているのが遠くの方から見えている。向こうも同じだ。
ああきっとお客さんのsigさんだ。どもども。
この距離での会釈、ちょっと新鮮。
用意されていたレンタカーは日産デイズ。
一通り説明を受けてトコトコと走り出す。思った通り、よりもパワーはない。
書類を見るとそれもそのはず4WDだ。これはやはり土地柄である。
開田へ向かう山道ではアクセルを床まで踏んづけて40km/hが精一杯。
バチャーンと抜いて行くのを半笑いで見送る。
こちらのデイズ君、
カーブではぐら〜っと揺れて子犬のオシッコ姿みたいになる。
ブレーキはふにゃ〜とスポンジを踏んでいるかのようだ。
およそ手応えというものがない。外見はシュッとしてるが中身は相当ユルい。
アルミの急須でお湯を沸かしてる感じ、というのが一番近い。
廉価で使い易く、普段の生活には充分それで用が足りる。
ただし、それが面白いか、となると首を傾げるが。
まあ急ぐ旅でもなし、これはこれで気が張らなくていい。
エアコンを切って窓を開け放った。
涼やかな風が車内を渦巻いて通っていく。
iPhoneのAmazon Musicのプレイリストから
「旅先で聞くカントリーミュージック」なんぞを流してダッシュの棚に放り込んだ。
トランジスタラジオのような安っぽい音がかえって気分である。
ジョン・デンバーの能天気な歌声が響く。
カントリーロード テイクミーホーム
思えばこの二日間、時刻表と二本のレールに縛られていた。
♪ツーザ プレース ホアービーローング
自分は今、自由を手にいれた。これが嬉しい。
♪ウェストバジーニアー
フフッ、それがここから先、何処に行こうが何時に着こうが自分の好きに動ける。
♪マウンテンマーマー
急須だろうがヤカンだろうが、この際なんだってかまうものかデヘヘヘ
♪テイクミーホーム
自由がこれほど喜びになるとは思わなかったわい
ひとりでに笑いが込み上げてくる ウワハハハハ
山道をテンテケテンテンと登って行く小さな軽自動車の中で、
50も半ばの男が髪をくしゃくしゃにして唄いながら呵々大笑しているのである。
まるでバカである。
左右の道端にコスモス48達が一斉に風に揺れている。
「あ、バカが来るよー」
「ほんとだ、バカだー」
「あーあのバカ今年も来たんだねー」
「バカいらっしゃーい、ようこそ開田へー」
「アハハ手を振ってるよ、おーい。バカだねーえ」
そんなコスモス達の熱烈歓迎を受け、地蔵トンネルを抜ける。
眼前には初秋の開田高原。