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万年青二才の趣味三昧、走る、作る、観る、聴く、憩う。

2013信州ツーリング その2 「露天風呂」

「露天風呂」これも下調べしておいた。小さく古く信玄の隠し湯っぽいところだ。

どうだ秘湯旅しているだろう。
雰囲気のある写真もたくさん撮るつもりだぞ。
たくさん「いいね」をつけて欲しいもんだ。

蓼科の山あいをのぼり下る、モンスターと私。
さて「露天風呂」にようようたどり着いて駐車場にバイクを乗り入れる。
そこには先客のバイクが十台ほど、我が物顔に大きな間隔を取って広がっている。

全て、でかいビーエムだ。
「おいおい」
ヘルメットの中で1人嘆息しつつ、近寄ると全て「大阪」ナンバーだ。
「おいおいおいおい」

こんなところで「大阪のビーマー軍団」が出やがるとは!。
さらに平日にこれだけの数、おそらく引退した「シルバー世代」だろう。
せっかく1人静かに世俗の垢を洗い落とそうと信州蓼科の山奥までやってきたのだ。
そんな「大阪銀ビー族」に狭い湯船でコッテリと囲まれるのだけは御免被りたい。
自分はバイクに跨がったままザリガニみたいに後ずさりして逃げ出した。

もちろん次点候補地くらい用意してある。
行ってみるとそこは大きな道路に面していて大盛況。どうも絵にならない。
折角信州ツーリングにきたのにソースかつ丼だけじゃあ「ツイートネタ」がショボイ。

も少し探すか、と走っていると三叉路の細い道の入口に立て看板
「この先○○温泉 露天風呂あり」脇にちいさく「日帰り入浴可」
一瞬悩んだが、やっぱり決めた♩ハトヤに決めた電話はヨイフロ♩
なぞと歌いながら最後の望みを掛けてUターン、細道に突っ込んでいく。

道はどんどん山奥にわけ入って行く。
「おお、これはさぞかし秘湯に違いなかろう」当然期待に胸は膨らむ。
しかし、谷の中に忽然とあらわれたのは...


立派な高級温泉旅館

バイクにまたがったまんま駐車場で腕組みして思案投げ首してると、
山高帽にロングコートのドアマンがとっとことやってくる。
「ご予約いただいておりますでしょうか?」なぞと慇懃無礼に聞く。
「いや、あの、えと、日帰り入浴・・・」
「あ、はい、かしこまりました。どうぞ!一名様ご案内〜!」

と今度はザリガニずさる間も無く釣り上げられてしまった。
豪華な玄関で「お履物をお預かりします」ヨレヨレでヒビだらけのブーツを脱ぐ。
花柄模様の分厚い絨毯とシャンデリアが輝く大きな吹き抜けのロビー。
そこを黒ずくめの革ジャン無精髭の薄汚れた単車乗りが山高帽の後に続いてトボトボいく。「連行」という言葉が脳内に浮かぶ。

その違和感といったらこの上ない。
ここまでだとジロジロ見られさえしない。従業員も宿泊客もチラと見た後に目をそらす。ま、見なかったことにしたいわけだな、わかるよ、気持ちは。

これだもの

腹をくくってカウンターで美人のホテルレディから日帰り入浴券700円也を買う。
大浴場までスリッパでペタペタ歩く革ジャン男。
脱衣所で革ジャンやらジーンズやらプロテクターやらを脱いで積み上げたらカゴ2つが山盛りになった。

脱いじまえばこっちのもんだ。
単車乗りもベンツのお金持ちもどっちもあちこちたるんだ全裸の中年男だ。
湯殿の引き戸を威勢良くカラッカラーンと開けると果たして露天風呂が

見当たらない

これでは話にならない。ネタにもならない。露天風呂なう、できない。

大きな湯船があったのでとりあえずつかってみる。見回すと案内書きがある。
ここは「大浴場」で「露天風呂」は「別館」だそうだ。
「ほんなん入り口で書いといてえな」とすぐに湯からあがる。

またぞろ全部着込まねばならんのは面倒だ。
Tシャツに革ジャンだけ引っ掛けて(むろんパンツとジーンズは穿いた)
ひとカゴ分は小脇に抱え込んでカメラポーチをつけたガンベルトは肩から掛けた。
このナリで足早に露天風呂を探して回るもんだから、まるで逃げ場をなくした押し込み強盗だ。

目を丸くしている仲居さんをつかまえて、露天風呂のありかを聞きだした。
この手の大型温泉旅館はだいたいが増築を繰り返して迷宮の様になっている。
あっちへ行ってこっちへ行って、やっとのことでお目当ての露天風呂にたどりついた。

中をのぞくと旅館の規模の割には小さい気もするが確かに露天風呂だ。
「露天風呂、露天風呂とうるさい客がいるからさ、別館の端っこの隙間にでも作っとけよ、露天風呂」という感じには露天風呂だ。

幸い、中には誰もいない。
みんなここまでくるのが面倒で大浴場にしか入らないのだろう。
すかさずiPhoneで写メだけかすめ取る。


服を脱ぐうちに外はいつの間にか薄暗くなっている。
この先のルートと時計の両方を頭に描いて思わず自分は眉を寄せた。
この分では山中で日が暮れる。。。

ま、脱いじまったもんは仕方ない。と湯船にポチャンとつかる。
ぬるい。どうもあの三叉路の立て看板に吊られてしまった感がある。
露天風呂らしさを味わってる暇も余裕もあらばこそ、ものの1分2分で湯船から出た。

まあ、露天風呂の「絵」は撮れたからエエわい。
2カゴ分の服や装備を身に付けながら「露天風呂なう」かなんかスマホで打ち飛ばす。

これではまるでテレビの温泉レポート番組だ。
あちらはまだ美女のもろ肌が映るから絵にもなるが、
こちらは50男のやせ腹だ、絵にもネタにもならない。

ともかく「ロテンブロ」のアイテムを取ったらもうこのダンジョンに用はない。
豪華温泉旅館の迷路を右に左に、広いロビーを逃げる様に通り抜ける。
ドアを払って外に出て黙ってヘルメットを被り、バイクのエンジンに火を入れる。
遠くのガラス戸越しにさっきの山高帽がこっちをうかがっている。

心配しなくても、二度と来ないよ。

ドルドルンと2度ほど余分にアクセルを煽ってクラッチを繋いだ。
モンスターが飛び出す。
ミラーに映る豪華温泉旅館の窓の明かりがたちまち見えなくなる。
もとの三叉路に戻り着いて時計に目をやると1時間半はたっている。
露天風呂2分の為に。

なんだかバカみたいに思えてきた。
マーケティングに踊らされ、表面だけを取り繕って中身がない。
どうもスマホとカメラと追い回されている。
今度は日没に追われている。

信州の秋の夕暮れはつるべ落としだ。
懸命の走りも空しく「すとん」と日は落ちた。
白樺湖へ向かう峠の手前だった。