sig de sig

万年青二才の趣味三昧、走る、作る、観る、聴く、憩う。

三千院 5

やや行くと茶店の様なところで昆布茶を出している。

 

 


 疲れたので一服しているとやがて遠くに陽が差してきた。
       前に座った男女はなかなかの博識を披露している。

「雨、あがるかな」
          「あがる。歴史上、あがらなかった雨はない・・・」
「確かにそうね」
        
       ・・・確かにそうだ。
         ただその前に目覚し時計が鳴る・・・
           「さ、帰ろうか」
 
自分で自分に言い捨てて、席を立ち、まだ降る雨の中を足早に出口へと向かった。
 
ビニールの下足袋をまだ持っていた。

雨よけに使っていたのだ。
ゴミ箱があればと思いながら、一回りして門の近くまで来てしまった。
 まあどこかその辺に捨て置くか、知らぬ顔でポケットに突っ込んで持ち帰るか、
普段の私ならそうしてたろう。

袋には「リサイクル」と今時の言葉が印刷 されている・・・

実は先ほど生まれて初めて写経というものをやってみた。

独りなのをいい事に、これでも多少は行く末なぞを思って如来像の前で
   小首を傾げて神妙に何やら書いて来たのである。
 
袋の捨て場所を物色しているうちにそこで書いたばかりの

 「諸悪寞作 諸善奉行」

   という言葉の意味が急に気になりだして仕方ない。

           ・・・ 未来永劫とまでは言わないまでも、
     寺門も出きらぬうちから早速悪行、
   ではいくらなんでも申し訳が立たん・・・

のではないだろうか。

そう思い直し、
       勇気を奮ってもう一度入り口に向かう。

 歩くのはたかが知れてる、出口の向かい側が入口だ。
ただ入場券窓口の人に再入場を咎められたりする のが面倒なのだ。

その時は下足袋を返しに来た、と言えば良いではないか、
と算段して心構えた。
              遠くの方から近づく私を認めると、窓口の方は ふ、と右手を差し伸べた。

 (その袋を受け取りましょう)

   と身振りで示していることがわかった。

      八の字眉で身構えていた自分が阿呆らしく思えた。





        ビニール袋を 手渡し合っているところを、
            どこか上の方から
             別人になって
            眺めている気がした。

           
 雨はやんでいた。



  土産物屋で子供の飴玉と漬け物を買って山を下りた。

(つづく)