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万年青二才の趣味三昧、走る、作る、観る、聴く、憩う。

「DB601の眷属たち-1」

ついでにDB601搭載機日本代表として三式戦「飛燕」とも比べてみよう。

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飛燕の初飛行はまさに太平洋戦争勃発さなかの1941年12月 部隊配備は1943年6月。

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飛燕の細長い主翼が印象的だ。

MC202フォルゴーレが主翼面積16.8m2対し飛燕20m2、と20%ほど広い。特に横幅が1.5mも大きく飛燕のアスペクト比7.2は単発戦闘機としてはかなり大きな値。

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アスペクト比のメリットは航続力と高高度性能、これはB-24やTa152などの例でもわかる。デメリットとしてはロール率、速度性能の悪化とされる。飛燕が対B-29迎撃に回ったのは適材適所か。

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液冷倒立V型特有の鼻が下がった精悍な顔つき。本家嫡男Bf109の分家の従兄弟たち、といった雰囲気。倒立V型のメリットは諸々あるが、やはり一にも二にもモーターカノン(プロペラ軸内機関砲)というイメージがある。

通常はエンジン後方に位置する過給器も「そこはモーターカノン様の予約席でございます」とばかりに移動させられて側面に。エアインテイクが左側だけについているのはそれが理由(でしょう)ドイツ人が左右非対称をとりわけ好んだ、というわけではない。...と聞けばドイツ機ファンならコレを思い出して顔を赤らめるはずだ。

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ただしこれは技術的に相当難易度が高かったらしく、、、モーターカノンのことだが、、、総本家ドイツ屋メッサー本舗ですらBf109のF型まで装備できていない。当然フォルゴーレも飛燕もモーターカノンは未搭載。(定速プロペラの機構が違うので積めても打てない)フォルゴーレはガソリンタンクが操縦席前にあるのでそもそもスペース的に無理だったろう。

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そのレイアウトがフォルゴーレのコクピットがかなり後ろにある要因だ。もちろんMC200サエッタゆずりでもあるのだが、サエッタでは胴体下部にあった第二タンクもラジエーター様をお乗せするため立ち退きを強いられて操縦席前に引っ越してきた。フォルゴーレの操縦席前方はガソリンで満杯だったのだ。

操縦席がこんなに後ろでは離着陸時の前方視界はかなり悪かったはずだ。サエッタは操縦席を全体に持ち上げているのでまだ良かったが、空力抵抗を意識したフォルゴーレでは風防位置が下がったから前など皆目見えないだろう。さほど問題にされていないのは似た様な配置のコルセアと違って空母に着艦するという荒業が必要なかったからかもしれない。イタリア海軍未完の空母「アクィラ」用にはRe2001が予定されていたらしい。

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一方飛燕のメインタンクは主翼内、操縦席は主翼中央で前方視界はフォルゴーレよりはまだマシ。どちらも操縦席の後方にガソリンタンクを隠し持つ。フォルゴーレは80ltrだが飛燕は200ltrとデカい。

飛燕のこの胴体補助タンクは実は曲者で、満タンにすると重心位置が狂って操縦が極めて難しかったという。さらに増槽を装備した場合、重量過多となって離陸後は重爆にもついていけないほど上昇力が低下した、という情けない逸話も伝わる。

なんでまたそんな設計をしたんですか土井先生?土井先生!とヒステリックに詰め寄りたくもなろうというものだが、飛燕に対し陸軍からもっと航続距離を延ばせ、という要請があったらしい。だから後から付けたんだ。無理矢理だ。んだがもすんねが皆んな軍部が悪りいんだべ。(このへん、勝手な妄想)

操縦席後方の胴体内タンクで重心が狂って飛ばすのに難儀した、という話は実はレシプロ戦闘機世界絶対王者P-51Dムスタングにもある。アッチは容量300ltrというからさらにスケールが大きい。まあこの隠しタンクのお陰でムスタング硫黄島から1,200kmも飛んできて日本本土で暴れ回ることが出来たのだから、日本人にとっては実に迷惑千万なタンクである。。。

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飛燕の胴体タンクは乙型の途中で廃止されたものの、やっぱり航続距離が不足したのか丁型で復活。ただし容量は95ltrに減らしている。この位の重量ならなんとかバランスがとれた、という妥協点だろうか。そうするとフォルゴーレの補助タンク80ltrは割とイイ線をついていたのかもしれない。

戦闘機の設計者としては重量変化の激しい燃料タンクはなるべく重心位置=主翼の中心あたりにおきたいのが本音だろう。マリオ・カストルディ土井武夫エド・シュミードも同じ点に頭を悩ませた、と思うと興味深い。

 

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「翼を並べて」マッキ戦闘機シリーズ

 さて模型が完成したら並べて比べてお楽しみのあれこれを始めよう。

 マッキシリーズの変遷「マリオの娘たち」

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手前からMC200サエッタ(稲妻) MC202フォルゴーレ(電光) MC205ヴェルトロ(グレイハウンド)

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以下    MC200    →  MC202    →  MC205  の順に

[初飛行]    1937年12月→ 1940年8月→ 1942年7月 

[部隊配備] 1940年9月→  1941年7月→  1943年2月  

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[最高速] 512km/h →600km/h(5600m)→640km/h(7200m)

[武装]    12.7mmx2→ 12.7mmx2 + 7.7mmx2→ 12.7mmx2 + 20mmx2

[航続距離] 870km→ 765km→ 950km(増槽または燃料搭載量が増加?)

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[最大出力] 840馬力→1,175馬力→1,475馬力 

[全備重量] 2,200kg→ 2,930kg→ 3,410kg 

[馬力荷重] 2.61kg/ps→ 2.49kg/ps→  2.31kg/ps

[翼面荷重] 130kg/m2→ 174kg/m2→  202kg/m2 (翼面積いずれも16.8㎡)

MC200からMC202「世界レベルに」

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フィアット社 A74RC38 空冷星形14気筒 からアルファロメオ社 RA1000RC41"Monsone"液冷倒立V型12気筒へ換装。40%の馬力アップを果たす。

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胴体はMC200→MC202の時点で大きく再設計されている。実はこの間にMC201という存在があったことは以前述べた通り。

sigdesig.hatenablog.com

その他 

MC202の後期型から昇降舵のホーンバランスが採用されている。
動翼の先端部分の出っ張り。作動時に反対側にも空気抵抗を発生させることによって軽い力で操作出来る仕組み。

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 MC202後期型から導入されたものに風防前面の防弾ガラス、操縦席後方の装甲板がある。

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MC202からMC205「重戦闘機への道」

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フィアット社 RA1050RC58 "Tifone"へ換装。25%馬力アップ。

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この機首下に装備されたオイルクーラーにはシビれる。

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元のMC200からだと75%ものパワーアップを果たしたことになる。

この間、主翼水平尾翼垂直尾翼などは変わっていない。

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飛燕、スピットファイアなどは馬力アップに伴い垂直尾翼を増積している。75%も馬力アップしてMC205Vは大丈夫だったのだろうか、プロペラも相応に太くなっているのだが、、、

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尾輪は引き込み式になったが。

実際MC205N"Orione"オリオーネでは胴体後部が延長されている。実はそもそもこの"オリオーネ"こそがDB605搭載機の本命計画である。MC205V ヴェルトロは最小限の改良で応急的にMC202にDB605を積んだ”つなぎ”の機体に過ぎない。

 

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MC205N"オリオーネ"

だが、早急に調達可能で性能的にも”オリオーネ”に優っていた”ヴェルトロ”の方に軍の量産命令は下される。狩人(オリオン)が猟犬(グレイハウンド)に追われてしまった、という逸話、、、は今自分で思いついた。

急場しのぎの戦時応急型が本命計画機をさしおいて正式採用された訳で、何となく工事現場のやっつけ仕事の様にも思えるが、スピットファイアのMk.V やMK.IXなど(Mk.XIIもか)似た様なケースは多い。実はMC201とMC202の関係も同じ。

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「四の五の言わずに積んじまったらコッチのもんさね」「...そうそう」

最後の輝き「5シリーズ」

大戦後半、イタリア空軍はMC205のみならずDB605エンジンに換装した戦闘機をいくつか計画した。本来の順番でいけば名称はMC203、G53あたりになるはずなのだがDB605の5を末尾に取って無理やりMC205、G55などの形式名とし"5シリーズ"と呼んだ。「R計画」といい、どうもイタリア人はこういうイベントネーミングが得意なようだ。Fiat G50やRe2001などもDB605を搭載しそれぞれG55、Re2005となって高性能を発揮した。

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フィアット G55

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レジアーネ Re2005

いずれもほぼ新型機であり、設計、生産準備、機種転換訓練等では小改良で済ましたMC205Vが有利だった。ところがフィアットによるDB605ライセンス生産が停滞しており結果的に部隊配備は1943年にずれ込みG55と差はほとんどなくなる。

なぜDB601での経験があるアルファロメオ社に任せなかったのか疑問ではある。MC200飛行停止問題の時同様、大会社フィアットの陰謀かとも勘繰ってしまうが、イタリア本土空襲などもあり全体的に厭戦傾向が濃く、無理からぬことでもある。技術的にみても、川崎や愛知の例も考えればやはりDB601系のパワーアップは禁断の果実、テクノロジーオタクのゲルマン民族以外にはいささか手に余る代物なのか。

MC200の素養

MC205の存在は日本で言えば一式戦「隼」に「ハ140」と「マウザー砲」を積んで昭和18年初頭に実戦投入できた様なものである。こう聞けば日本機ファンなら"ニューギニアでP-38を翻弄出来る"とちょっと夢見心地になってしまうだろう。

f:id:sigdesig:20200329234600j:plain 隼II型

しかしすぐさま「隼」の主翼武装は無理だったナと目が覚め、3秒後にはラジエーターをどうやって配置するかに悩み始め、その後は機体が1500馬力液冷エンジンに耐えられるかで脂汗が出て、最後に全備3.5tと聞いて「アアソリャ…」と天を仰ぐ。諦めの悪い人は「零戦ならマウザー積めるぞ…」とさらに考証しだすが…

そう考えれば、75%のパワーアップを可能としたのだから、もともとのMC200の基本設計にある程度の素養が備わっていたとみていいだろう。。。見た目はともかく。

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おや、見た目はともかくってのはどういうことだい?

翼をもがれた者たちへ

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レップー、シンデン、ナントカ152などなど、試作段階での高性能機など世の中には掃いて捨てるほど存在する。近代戦争において何より重要なのは適切なタイミング適切な戦力を投入することだろう。第二次大戦のイタリア空軍においてはMC202を中心としたマッキシリーズが唯一それが可能な戦闘機だったろう。

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機体性能的にはそう呼べるだけの資格があったとしてもMC200~205シリーズ総計で2,500機前後という生産数では「適切な戦力」と呼べるほどの「機数」にはほど遠い。これはマリオ・カストルディ技師の理想主義的な設計が災いし生産性をいささかならずスポイルした側面もあることは見逃せない。

しかし空冷エンジンに簡便な羽布張り構造のFiat CR42ですら量産は2,000機にも至らず、そしてそれがイタリア空軍戦闘機では最大生産機種だというのだから、やはりその敗北の責の多くは当時のイタリアの工業力に求められることとなるだろう。

 

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「完成品画像MC202/205」サエッタ&フォルゴーレ23

 Macchi C202 "Folgore"

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マッキMC202フォルゴーレ(電光)は1940年8月に初飛行したイタリア空軍の戦闘機。

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MC200サエッタの空冷星型エンジンをドイツの液冷V型DB601に換装した。端的に言うとメッサーシュミットBf109Eの心臓を移植した機体である。

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これにより840馬力から1175馬力と4割近いパワーアップが図られた。

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胴体の空力的洗練も加え、最大速度600km/h 上昇力5500m/6分0秒と高性能を発揮。

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MC200譲りの高い運動性も合わせ持つ、イタリア空軍機の水準を世界レベルまで引き上げた機と言える。

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DB601エンジンはアルファロメオ社でライセンス生産が行われRA1000RC41"Monsone"(モンスーン)と名付けられた。

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部隊配備は1941年夏。イタリア空軍が600km/h級の戦闘機を実戦に投入したのは、真珠湾攻撃よりも3ヶ月早い時期だった、という事実はもう少し世間に知られていてもいい。

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機体の性能的にも当時のライバルであるハリケーンやP-40などには優った。

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ただし武装は依然として発射速度の遅いブレダの12.7mm2門にとどまる。のちに7.7mm2門が追加されたものの、連合軍機に比べるといささか見劣りするものであった。f:id:sigdesig:20200324105643j:plain

スピットファイアMkIXやP-38,P-47などが登場するとさしものMC202も苦しい戦いを強いられるようになる。

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そしてイタリア本土がB-17やB-24の爆撃にさらされるに至り、本機の弱武装が明らかな短所となってくる。

 

 Macchi C205 "Veltro"

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それに対するマッキ社の回答がMC205Vヴェルトロ(グレイハウンド) 初飛行は1942年4月。

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エンジンをDB605A相当の出力1,475馬力のRA1050RC58"Tifone"(タイフーン)へと換装し、最高速は640km/hに達した。 機首の12.7mmx2門に加えMG151 20mmx2門を主翼に装備 。運動性能、速度、武装と三拍子揃ったマッキシリーズの集大成となる。機体の改修は最低限に抑えられ早期の戦力化が期待されていた。

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しかしフィアット社によるDB605のライセンス生産が遅々として進まず、ようやく本機が実戦配備されたのは1943年2月。そのわずか数ヶ月後にイタリアは敗戦を迎えることになる。イタリア空軍はドイツの傀儡政権である北部のRSI(イタリア社会共和国)とローマ以南のイタリア王国自由空軍に分裂した。作品のマーキングは後者。

 

 

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「完成品画像MC200」サエッタ&フォルゴーレ22

Macchi C200 "Saetta" 

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第二次世界大戦前夜、Bf109、スピットファイアなど全金属製の低翼単葉引込み脚の新鋭戦闘機に刺激され、イタリア空軍が計画した戦闘機競争試作計画「R」で最優秀となったのが本機、MC200サエッタ(稲妻)である。

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初飛行はF4Fワイルドキャットやバッファローなどと同じ1937年、クリスマスの日であった。

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信頼性の高い空冷星型エンジン搭載が空軍の指示であったが、シュナイダーカップレースで勇名を馳せた設計者のマリオ・カストルディは空気抵抗の少ない液冷エンジンを望んだ、と言われている。

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それでも徹底した空力抵抗と重量の軽減でわずか840馬力ながら最大速度500km/hを超え、同じエンジンを搭載したFiatのG50フレッチアに対し30km/h以上優速であり、マリオ・カストルディは面目を施した。

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G.50同様、良好な視界を得るため操縦席部分が盛り上がったデザインが特徴的。初期型は全周視界に優れた水滴風防という先進性を持っていたが、イタリアのパイロット達に嫌われ、結局開放座席に改修するという技術的後退を余儀なくされた。

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運動性も良好でイタリアの大戦前半の主力機となるはずだったが、低翼単葉機に特有の翼端失速の悪癖があり、事故が頻発。一時は全機飛行停止処分となってしまう。

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その後、なんとか失速問題を解決するも元々凝った設計が災いし生産数は一向に上がらず、部隊配備は遅々として進まなかった。一足先に量産に入っていたフィアットのG50や守旧的な複葉のCR42などに主力戦闘機の座を奪われた形となる。

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実戦投入されるやその本領を発揮し、初戦ではI-16、グラディエーターなどに対して性能的優位を保った。

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しかしマルタやアフリカの上空にハリケーンやP-40が現れるようになるとサエッタの500km/hの最高速度、12.7mm2門の武装では劣勢を否めなかった。

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無線で連携を取り高度と速度を利した一撃離脱戦法の連合軍にサエッタは守勢に回ることになる。

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戦場で求められたのは広い視界や軽快な運動性ではなく、重武装と厚い装甲を持った大馬力の機体だった。

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第二次大戦における空中戦は次第に変容しつつあった。それまでのパイロット個人の操縦技術を活かした単機同士の格闘戦は、やがて時代遅れとなってゆくのである。
 

 

 

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「晴れの舞台と祭りの後」サエッタ&フォルゴーレ21

展示会に出展の様子。昨年の11月だから3ヶ月ほど前のことになる。

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マッキMC202フォルゴーレ

 

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マッキMC200サエッタ with  イタリアン・パイロット

 

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マッキMC205ベルトロ

MC202フォルゴーレにDB605エンジンとMG151 20mm機関砲2門を搭載したもの。最高速640km/h。イタリア敗戦後、連合軍についた王国側のマーキング。これは旧作で20年近く前の作品。軽くサンディングしトップコートを吹くなど、手を入れ直した。

 

ここからは会員各位の作品紹介。

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珍しくイタリア機が揃ったのはお題が「地中海」だったため。揃ったと言ってもたった7機だが。。。

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S氏のマッキMC202。

精密精緻、美麗モデリングここにきわまれりの逸品。
さすがドイツ機マニアだけあってエアブラシフリーハンドでの斑点迷彩と塗膜の平滑さが超絶で実に素晴らしい。国籍マークのデカールは十手の1本1本を切り抜いてから貼り付けたそうで、舌と尻尾を同時に巻くほかない。

自分の作品はマーキングが重複してしまって普通なら恥ずかしいものだが、ここまで絶対的な技術レベルが隔絶しているとむしろ爽快でさえある。羽生結弦の満点演技を見る6位入賞のスケーターの気分か。

 

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同じくS氏のMC205 

この機体のマーキングでもわかる通り、イタリア敗戦後、ドイツ空軍もMC205を使用した。ドイツ側の評価では「高速な運動性と良好な飛行特性である」一方「急激な旋回で失速しやすい」「無線機の信頼性が劣悪」とのMC200から引き継ぐ短所も指摘されている。 

 

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K氏のサボイアマルケッティSM79 エアフィックス1/72。

あの太古の難物キットをよくまあここまで形にされたものだと感服。自分も所有していたが、組み立てることすらままならずそのままお釈迦にしてしまった。リベンジしようなどとはミジンコの繊毛ほども思わない。

 

展示会が終わった、だからといって自分の模型作りが終わったわけではない。デカールを修正してやろう。

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カッターで切り込みを入れて、、、

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ピンセットで慎重に剥がしていく。

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よおし、シルバリング解消!

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胴体の部隊ナンバーも切り抜いた。

 

サエッタも同様に。

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下面は塗装が剥がれてしまった。残念。鬼の形相で面相筆でタッチアップ。目立たぬ下面だから良かったものの上面だったらマンマミーア大連呼だったろう。やはりこういうリスクもあるわけだから展示会前にスルーしておいた判断はあながち杞憂でもあるまい。

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ピトー管の先がどこかへ飛んでったが気にしない。この際、邪魔なので取っ払う。

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それにしてもひどいシルバリングである。

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日焼けした肌の皮をめくるような小学3年生の夏休み明け的快感。

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こうじゃなきゃあ!ですね。モヤモヤしていた気分がスッキリ晴れた。

 

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胴体の部隊ナンバーもニス部分をカット。

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この差は大きいぞう。

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軽くトップコートを吹いておく。ウム、決まった。これでホントのホントに完成である。

 

次回は完全なる完成品画像をお届けするつもり。 

 

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「イタリアン・パイロット フィギュア」サエッタ&フォルゴーレ20

時間がない時間がないといいながらこんなモノにまで手を出してたなんて!と言われそうだが、実はこれ、所要時間は一晩です。まあ、色を塗るだけだから。。。むろんサエッタとフォルゴーレが完成してからですよ、浮気だなんてトンデモナイ!ほんの一夜のあやまち、、、いやいやいやいや。。。

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20年くらい前に購入したJaguarというメーカーのレジン製フィギュア。ずっと机の上に放置していたところ、家人が箱についていた値札(確か3,000円くらい)を目ざとく見つけてしまい、その後、趣味における価値観を巡ってsig家は一時紛糾した、、、といういわくつき。

「タマゴ1パック100円!?安っ!」と毎日買い物に走って家計を支えていただいているお方からみれば「常軌を逸している」というご意見はもっともだ。ま、なんによらず「男の趣味」は家計の敵である。

1/48のイタリア機を作ったら並べるつもりだったが、そんな機会がこれまでなかなかなくて、今回ようやく日の目を見たという次第。いや、ほとぼりが冷めるまで隠しておいた、訳ではアリマセンよ。

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分厚い飛行服からして砂漠迷彩の機体には合わない。サエッタのマーキングをロシア戦線のものにしたのはこのパイロット達を横に置きたかった、という理由もある。イタリア兵の軍装に詳しいわけではないので時代考証まではよくわからないが、箱絵ではG50フレッチアがバックに写っているので、まあ大丈夫じゃろ、と。

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せめて一体1,500円くらいの価値に見て貰える様、命を吹き込んでやるのが道楽亭主の努めだろう、、、 と奮励努力の形跡がパレットに残っている。

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塗料はいつものアクリルガッシュのみ。ベルトのカーキグリーンがいい雰囲気に調色できて嬉しい。金具やジッパーなどもシルバーではなく明るいグレーを使った。f:id:sigdesig:20191113175702j:plain

さすがにモールドは細かく、人体デッサンも素晴らしい。丁寧に塗ってやるだけで存在感あふれるイタリアン・パイロットが出現する。

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ゴーグルをスカイブルーに塗ったのは青空が反射している、という表現をしてみたかったのだが。。。これはツッコまれるだろうなあ、、、

かたや長身の陽気なイタリアン、かたや眼光鋭くいかにも戦闘機乗り、という感じ。

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士官学校出たばっかりの甘ちゃん、ポルツァーノ少尉。

「やあジャンカルロ、こんど指揮所の裏にピザ窯作らないかー」

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たたき上げのベテラン、ジュリアーニ先任軍曹。

「いいですよ少尉、次の出撃で腹に大穴開けられなけりゃあの話ですがね」、、、

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実際の大きさ。顔は米粒大。まったく米粒コケシとはこの事だ。ここに目玉入れるなんて確かに常軌を逸脱してるわな、と自分でも思う。とりあえず展示会はこれでいいか。フィギュアモデラーからみればまだまだ序の口だろうけど、あくまでサエッタの添え物なので。

 

後日、ポルツァーノ少尉の顔が気に入らなかったので、、、
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無理して入れたドングリ目玉を消して、髪の毛の生え際をタッチアップ、唇や頬などに少し赤味を差してより柔和な感じに。

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ジュリアーニ軍曹のゴーグルもやはり少し手直し。フラットブラックで縁取りして紫外線硬化レジンを上塗り。

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「ハハハ、腹に大穴って、軍曹がロスケ相手にそんなヘマはせんだろう」

「...俺が言ってるのは少尉の腹のことですよ」 

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ということで出来上がり。チャオ!

 

 

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 「... こんな小せえもんに金と手間を掛けるんだから酔狂なこったぜ、まったく」

 

 

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「いきなりデカール」サエッタ&フォルゴーレ19

色調補正が終わったので本来ならここでトップコートを吹き、軽くサンディングしたいところだが、もう展示会まであと数日。「緊急指令10-4-10-10」が発令されている状態でそんな悠長なことはしてられない。表題通り、もういきなりデカールを貼ってしまう。

"Gigi tre osei" on フォルゴーレ

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フォルゴーレのマーキングは"Gigi tre osei "三羽のカモメにヤシの木。これは神戸西舞子の海沿いのカフェレストラン「イル・チェントーロ」の看板に使われている、とか言われたら信じてしまいそうなくらいオシャレなマークだ。

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おうおう、男前が上がったね。伊太利亜の「伊」は伊達の「伊」と書くんだぜ。

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ぐわ、シルバリングが発生した。うぬトップコートを省いた祟りか。

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デカールの透明部分が多いのでこうなる予感はあったが、、、

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目立たぬ下面で試しに透明部のみをカットしてみたが、こんな「十手」三本、上手く切り抜けるかどうか自信がまったくないチキンな自分である。

ファルコの時の大惨事がトラウマになっているのであまり土壇場でデカールをいじりたくない。しばし考え、ここは展示会優先、仕上がり二の次で妥協する。苦渋の決断、泣いて馬謖を斬る、、というほどでもない。ナニ展示会が終わってからゆっくり切り抜けばいいことさ。すなわち何もしないでこのまま放置。

”Caccia” on サエッタ

 

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マーキングは例のやたらとフォーマルな出で立ちのダンディ・ダンシング・カカシ。Cacciaは"ハンター"あるいはまさに"戦闘機"の意味。カカシのマーキングについては以前に詳しく述べたとおり。

sigdesig.hatenablog.com

その後、このカカシについてさらに調べたところ"Lo spauracchio, simbolo del 22º Gruppo" とあってやっぱりカカシだった。パイプの煙の赤い星は敵のソ連軍を表している、というから東部戦線に配備された時に付け加えられたのだろうか。ただし由来は不明。
余談だが、グーグルのイタリア語翻訳機能にこの"spauracchio"を放り込むとなぜか”ボギーマン”と訳す。いわゆる"ブギーマン"のことだろうか?ある種の魔除けのイメージかとは思っていたが、伝習的な子供を怖がらせる悪魔の使い=ナマハゲ的なものなのかもしれない。
。。。さらに余談。

このカカシ、アニメ映画の「ハウルの動く城」に登場しているらしい、、、(と第22飛行隊のイタリア語版wikipediaに記載があった)自分はこの作品は未見なのでよくわからないが、実はミリオタの宮崎駿監督だからイタリア機のマーキングからの流用は充分考えられる。会社名の「ジブリ」もこのイタリア機からきているというのは有名なお話。

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カプロニ Ca309 "Ghibli" 
Ghibriは「サハラの熱風」という意味らしい。。。マセラーティ・ギブリなんてのもありましたな。

それはともかく貼ってみる。

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いっぺんにオモチャっぽくなる。ダメじゃんイタレリ大王。

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もともとが遊園地のポップコーン売りの看板かと思うようなデザインである。その上にこんなに派手な色で印刷するなど、イタレリはトイザらスの3歳児コーナーにでも並べるつもりだろうか。単色のフィルタリキッドでどうこう出来るもんでもなさそうだし時間も迫っている。いささか安直だが最終手段としてこのカカシ野郎にタミヤアクリルのクリアスモークをシュバーっと吹付ける。

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馴染むことは馴染んだが、、、やはり薄汚くなった。出来ればやりたくないことだったのだが、、、スペシウム光線を放って怪獣を倒し、ゆっくり立ち上がる光の巨人ような憂いの表情をたたえつつ静かにエアブラシを収める自分であった。。。

またまた余談だが最近ウルトラマンのCGアニメ版をNETFLIXで視聴した。面白いのはオリジナルの効果音を使っているところで、”デュゥィィィィン”、、「ああダンがセブンに変身したんだ」だとか、掛け声の”シュエアッ”で「あ、こいつが真のウルトラマンなのか」とニヤリとさせてくれる。その他はまあ別段どうということはないのだが、やたらと美少女アイドルが意味なく絡んでくるのがウザくて途中で見るのをやめてしまった。

 

一緒に並べる都合上、フォルゴーレも同様にデカールの彩度を落とす

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若い女性に人気の「海沿いの小洒落たカフェレストラン」から夜のオネエ様方が立寄る路地裏の細長い「ショットバー」的な雰囲気となる。 まあ製作者であるところのブログ主の嗜好と行動範囲には則していると言えよう。

 

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